きのう栄枯盛衰の話になったけれどやっぱり思い出すのは平家物語の一節

今日はちょっと仏法の話。

仏法三法印と言えば「諸行無常」「諸法無我」「涅槃寂静」
仏さまは悟りのために三法印を説かれた。
仏さまは僧団を作り、その中で悟りのためにこの法を弟子に説かれた。

今を生きる私たちにとってこの三法印が必要だろうか。

実社会でいえばどうだろう。
諸行無常・・・
自分はこれが全てだって思っても時間がたつと色あせ、また違うものになってしまう。
自分自身も次の瞬間にはまた違うものがほしいと思ってしまう。
自分も周りもいつも同じなんてことはありえない。
諸法無我・・・
いろんな理はあるけれど、これって誰が決めたのか。
自分が、親が、世間が決めたのか。
そうじゃない、長い人類の歴史の中でできていて自分なんてものはない。
涅槃寂静・・・
涅槃は天国と考えると全てのものは移ろい流れていく、そこに自分が自分がと我を張ったところでどれほどの意味があるのか。
その執着から離れれば天国的な安らぎがくるのだ。
(仏さまの世界に心境が達するともいうけれど)

仏さまの僧団の中ではこの心境になると仏さまと一体になる。

でも私たちは今を生きているのだ。
あらゆる自分のものとか自分がというものを去って苦しみから、執着しているものから離れよう。

そして解き放たれたら、現実に戻ろう。
自分にとって本当に大切なのは何か、その何かをつかみ大切にして生きていこう。

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