私は精神世界のことはブログに書きたいが霊現象のことをあまりブログに書きたくないと考えている。
特によく霊媒師とか憑依現象とかっていうけれどそういうのは苦手かもしれない。
特に先祖の霊のせいで不幸とか、何かがとり憑いて不幸になったとか、トラウマがあって不幸だとか、霊のせいではなかったら親が悪い、先生が悪い、友人が悪い。
では何かのせいにして人は幸せになれるだろうか、なれる人はいない。
だれかのせい、環境のせいにしている限り人は幸せになれない。
人は仏性をもった存在、その仏性を信じて幸せになろうと、自らの足で前向きに生きようとしたとき、時間、忍耐、努力、勇気がいるけれど道は開かれていく。
「心が変化すれば未来が変わる」と思っている。
ここまで書いたのだけど、本日は精神世界の話になる。
きのうこのブログ用にインスピレーションがあったので本日はここに記載しておきたい。
それは「仏と弥勒菩薩の会話」
仏 - 「弥勒よ、仏になりたいか」
弥勒 - 「いいえ、私は仏になりたくはない。仏とはこの世界を創る力を持ち、この世界を幸福にせんと法をめぐらし、この世を発展させる力のあるもの、仏になれるものではない」
仏 - 「来世、仏になるだろう」
このインスピレーションをいただいて私が考えたこと・・・。
いろんな宗教や無神論でも人を思い通りにしたい、正義なんてどうでもよい、人を支配して自分が偉くなりたいと思う人がいたらその人は自分がいくら仏だ、神だ、○○だと言っても神仏から遠いのかもしれない。
そう思った。
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