このブログで日本のリーダーという言い方をしたことがある。
今、日本の政治的リーダー、日本の代表として日本内外からみられているのは現政権の総理だろう。
日本は現在、民主主義国家であり、日本のリーダー、選挙で選ばれ選出された政党、総理ということになる。
では男女も階級も全て平等であることを思想とする共産主義や共産的な思想の中でリーダーはいるのだろうか、リーダーとは人の上にたつ指導者であり、ある程度の権限をもつ。
共産主義のなかでは全てが平等であり、たくさんの矛盾をかかえたまま、また神仏という対象も存在しない。
しかし、思想とは別に過去現在について現実でとらえ、共産主義の中でとらえて考えたらどうだろうか。
共産主義も組織や国家の形成のためにリーダーはいる。
当然組織を形成するために必要だということになる。
では民主主義国家のリーダーという総理と政党、国民というものと共産主義のリーダーと国民とどちらが、現実的に本当に平等に生活しているだろうか。
民主主義では政治家を目指して政治について学んだ人がリーダーとなっていく。その中では家柄のよい人もいるし、なにより努力した人もいる。
共産的な考え方ではすべての人が平等に生活、人みな過不足なく平等に生活することを思想とする。
しかし、共産主義では豊かな人や名家の人を排除しようとする。
共産的な思想の力や指導力の力の強い人がリーダーとなって組織権力を行使していく。
また共産的な思想を守ろうとして本来、平等で平和な生活を望む姿があるだろうというものだが軍事力に身につけ、内外、他国から自国を守ろうとする。
共産主義国家に軍事力のない国があったか。
社会主義国に軍事力がない国があったか。
そして民主主義国で軍事力がいらない、他国からの攻撃に無関心なのは日本の国民だけではないか。
組織、国家のリーダーは権力は本当はどこに違いがあるのか。
人が幸せになるためのリーダーを選ぶ。
人の幸せを守るための国家を作る。
主義思想そのものが新しく作られるものでなくてはならないのだと思う。
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