主義主張は人の考え方を変化させ、生き方を変える。
   国家のように環境として与えられたり、
   自らの仏性が自らの心の指針として見出したり
   人や本に出会って共感していったり

   日本の国民の場合はどうだろうか
   民主主義を自ら勝ち取ったわけでなく
   あまり考えずに平和を享受してきたのではないか
   今、国民ひとりひとりが考えなくてはならない
 
   数ヶ月前に自民党が党名を変えようと思ったが
   変わらなかった。話し合いの内容は知らないが
   今の日本の国民にとって「自由」と「民主」という
   主義主張が大切だと考えて変わらなかったのなら
   主な問題を解決しそれを実証してみてほしい。

   共産的な思想の中での「福祉」とはなにか
   平等の思想をもとにすすめていくものだと思う。
   民主主義の福祉は大きな意味での福祉では
   国民全体の福祉、社会保障(年金、医療、環境、地域など)
   がありそれを越えて福祉が必要な人が国民がいる。
   今の民主党の子ども手当は
     子育て支援政策
     少子化対策(子どもが少なく国が衰退していくことを
           防止していく政策、経済、社会保障の
           ための政策)
     国民に格差をなくし平等をもたらすもの
   実際に何を目的としているのだろうか

   今日は民主主義国家で福祉が必要な人の
   「福祉」について書いてみたい。

   人は少なくとも不足なく生活したい。
   可能ならもっとよい生活をしたい。
   しかし個人の障害や様々な差別、制限がある生活を
   望む人はいないが実際一人ひとりの人生でいろんな境遇の
   人がいてその家族がいる。
   ひとつの国の中でとらえれば日本の人口比率の中で
   戦争、公害などその時代時代でみられる障害を除いて、
   障害や環境などで福祉が必要な人は
   一定の人口比率がみられるものだと思う。
   福祉の必要な人である。

   民主主義では個人個人が自立した生活をしていく、
   また自分で選び自分の人生について責任をもって
   社会生活を営んでいくことがもとにある。
   そして国や地域での生活を安定してすごしていきたいと
   思うから国民の義務として税金を払っているのだと思う。

   しかし、一方で福祉が必要な人がいることも理解している。
   その福祉が必要な人に必要な福祉政策をとられることが
   国民が一番納得していく政策なのではないか。

   法の成立が先にあって政策やその趣旨があとに
   なることは民主主義ではないのではないか。
   趣旨がはっきりしない政策の実行に未来がみえない。

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