国家組織のリーダーについて先日このブログに書いた。
民主主義と共産主義のリーダーの違いは何か。
もう少し書いていきたい。
主義思想ではなく、独裁主義というもの、
軍事政権というものがある。
軍事政権は主義思想からではなく
軍事力を手にしたリーダーを中心として
組織を作った人たちが国を制圧していく。
独裁主義はカリスマ性のある人物、
または政権の中で権力、軍事力を手に入れた特定の人が
出てきた場合、それによって制圧して形成されていく。
一定の間全体主義のかたちをとることがある。
独裁主義も軍事政権も国民は「支配」を受けることになる。
そして元来平等を求める共産主義は
他国に対する軍事力を強化していくことで国民を
「支配」している。ここには矛盾が生じているが現実である。
国家組織にリーダーは必要である。
国民が幸せになるリーダーとは何か。
逆の視点で考えれば軍事政権、独裁主義のリーダーは
根本に人を国民を自分の思いどおりにしたい、
支配したいという心がある。
では軍事力をもった民主主義政権下で国民が
「支配」を受けず、民主的な中で
自由を与えられているのはなぜか。
当たり前だといわれるかもしれないが現時点で
三権分立を取り入れているからだ。
(三つのうちの何かが権力を強くもつようになると
「民主」が守れなくなるが)
今、「自由」を享受している国民は「自由」が
なくならないとわからないかもしれない。
また「自由」がないと思う国民は「自由」と
いうことがどれほどの幸福かと思うだろう。
そして民主主義が独裁になるときは
どんなときか書いていきたい。
ひとつは全体主義的な思想を打ち出した人が
権力(軍事力)を手にしたとき、
それから一政党が大きくなりすぎて、法そのものを
自由に変えることができるようになったときである。
一政党が最大権力をもったとき、法そのものを変更し、
独裁主義を作っていくことが可能になってしまう。
日本のように軍事力を他国に依っている国は
ある一定のものを越えて利害関係が成立しなくなった場合、
他国からの支配を受けるということにもなる。
「自由」は「支配」を受けない代わりに必要なものがある。
それは「教育」であり、「知識」と「良識」である。
日本は「自由」を失わなければ
「自由」というものがどれほどありがたいか
わからないのだろうか。
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