昨日のブログの最後に「次元上昇」について書いたときに、
  仏道修行についても書きたかったので今日、書いておきたい。

  仏道に入る人はどういう人であるか。
  インドでお釈迦さまは「四苦」から悟りを求められた。
  苦しみの原因は何か。
  仏道に入る人は仏道に入るときにどうしてそうしようと
  したかという「発心」が大事なのだと思う。

  神仏に至る道は今私が認識しているのは二通りある。
  ひとつは「仏さまとはどういうものなのか、悟りを得たい。」
  もうひとつは「人を救っていきたい、愛を実践して神に
  近づいていきたい。」あるいは「公のために正しさを求めたい。」

  どちらも「無我」― 我を無くしていき、神仏と一体と
  なる道で求めていく道が違う。
  そして「発心」がやがて修行の中でこの世の中に
  通じていくものになるのだと思う。
  「無我」の境地は何もないのではない。
  あらゆる私心をなくしていくと仏さまの心が満ちる。
  そういうものだと思う。

  「発心」がないのであれば求めて得られるものもないのでは
  ないか、「発心」として自分のために、この世の価値観で
  求めたものではその道の途中に気づかなくてはならないものがある。
 
  この発心そして求道し、心が調和することが大切
  満月のように欠けることなく、
  自分の過去、現在において人間関係が調和している状態
  (寺に修行されている方やお釈迦さまの時代の心の調和と
  通常の生活をしながらの仏道を求めている人と
  調和の求め方が異なると思うが。)

  この状態自体が「次元上昇」だが
  きのう、最後に書いたもう一段の「次元上昇」の
  元になるものになると思う。

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