「自由主義」についてもっとブログを書いていきたいと
  思いながらなかなか進んでいない。

  九州から悲しみの心が届いてくる。

  まず、現実的に解決に向けて全力に進んでいくことが
  大切、一人の力ではできない。

  このブログで「因果の理法」について書くことがあるが、
  個人の因果の理法の本当の意味を知っているのは
  仏さまと個人と相対自したときにわかるもの、
  その本人を元に紐解かないと 他人ではなかなか
  本当の理解をすることは難しいと思う。
  因果の理法は悟りのためにあり、他者が個人を傷つけたり、
  その人の苦しみをより一層深くするためにあるものではない。

  「因果の理法」と共に言われるのが「業― カルマ」だが
  カルマは個人としてとらえるものと
  その時代、時代、その国、環境により大きな意味での
  カルマがある。

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