先日、福祉について世界最高水準と言われると既存のものは
  価値観の転換が必要、
  安心できる社会づくり、国づくりがもっとも大切なのではなく、
  基本的な形として家族を守り、そして地域、
  国を守っていかなくてはならないというものがあり、
  国家有事のときでなければ家庭での幸福が国全体の幸福に
  つながっていくと考える視点を忘れてはいけない。
  それが新しい福祉の最高水準に至っていくものではないか。

  以前もこのブログに書いたが、
  自由主義での経済成長の中、市場の失敗から
  経済政策、福祉政策が進められた。
  このとき、福祉を必要とした多くの人々は政府の作った
  大型施設に収容された。今は収容ということばはなじみがない
  ように思う。今言われる大きな政府が、大型の福祉施設を
  たくさん作っていったのだと思う。
  しかし、福祉の進歩によって、現在に至ってはひとりひとり、
  個人について考えていくようになった。
  
  現在までの福祉は大きな政府が安心できる社会づくりで
  大型施設を作り、また小さな政府が地方分権の中、
  コミュニティをどうすすめていくかというところであったと思う。

  今までは大きな施設、またコミュニティについても
  社会と個人でとらえている。
  日本の介護保険は家族についてふれているがもっと進めて
  個人と家族が幸福であるためにどうしていくかという視点が
  大切だと思う。
  多くの人は家族の中で育ち、かけがえのない、そして代替のない
  家族の中で生活をしている。
  人としての幸福とは何か。
  個人の福祉はその人自身の幸福と家族の幸福につながるもので
  なくてはならない。人はまず自分自身のために生きていると
  思うが、そして家族のために生きているのであり、
  社会のために生きているというものと少し距離がある。
  逆に考えていけば、社会から家族を含めた個人ではなく、
  社会から個人の福祉と考えるところに
  ずれが生じているようにもみえる。

  日本は高齢社会の中、これからもっと施設志向が強くなる
  ように思う。しかし、その奥にあるものは「家族に迷惑を
  かけたくないから、そして家族と良好な関係を保ちたいから」
  ではないのだろうか。
  このブログの最初に書いたが「家族力」を強める、高めると
  いう視点と個人を含めた家族全体の幸福という視点が必要、
  特別なことではない。
  現代のコミュニティに個人と家族をとらえることは
  大切なことだと思う。
  
  それが大きな政府築いてきた福祉国家というものを
  大きく変える新しい福祉国家となると思う。
  個人と家族の幸福が国家の幸福となるような視点が必要である。

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