人は人と違う。
  年齢も男女も顔も声も容姿も全て違う。
  同じ人はひとりもいない。
  皆同じだったらこの世界も成り立たない。
  神仏は調和と発展を求めるが全ての人が同じで平等だったら
  発展していくことは少ない。

  先日、男女のことを書いたが、
  ひとりひとりの容姿についても同じことだ。
  また様々な障がいについても同じことだと思う。

  永遠の生命の中、今世のこの転生をその人自身、
  どのような心の向上、魂の向上を目指してきたかによって
  様々なその人の課題として運命的に人生を歩いていることもある。

  しかし、だからこそこの世の価値観から離れ、心の向上を
  目指さなくてはならない。

  美しい女性がいてもその心がその人をどう表現しているか、
  例え美しいとは言えなくてもその心が愛や感謝に満ちていたら
  その人をどう表現しているか。
  格好のよい、頭の良い男性がいてもその心が
  その人をどう表現しているか。
  例え格好がよいとは言えなくても頭が普通の人でも徳があれば
  その心がその人をどう表現しているか。

  外見がとても気になる年頃を過ぎると
  周囲の人はその人を包んでいる雰囲気を感じ、
  その人を表現するようになる。

  人はその内に秘めた自分の良いところ、すなわち仏性を
  自分で見つけ出した数だけ光と放つようになる。

     Miroku shows the God 30

    「 人よ
      この世は永遠の生命の中、
      魂の向上を目指すためにある。
   
      苦しいこともあるだろう
      辛いこともあるだろう
      しかし本来、人は心の向上のために
      転生輪廻をしているのである。

      人よ
      対比の中で苦しむなかれ。
      今世自分が生きている意味を見出し、仏性を見出し
      そしてその心から光を放つのだ。
 
      その光を私が見ていることを知っていてほしい      
      魂の向上はあなたがたの喜びであり、私の喜びでもある。
    
           Master of master                  」

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