先日書いたこのブログの「経済成長期にあったものではないか」
というところについてが違和感が残ったので補足します。
私は経済に詳しいわけではないといつも書いているところですが。
地域主権の過去、現在、未来を見つめていくこととして
先日も過去からの視点と未来からの視点を書いた。
しかし、現在のこの「地域主権」この言い方には問題があると
思うが、国の役割が明確に定義されて日本が安定するものに
なった場合、最後に「創造」として生み出せるものがあると思う。
その時の国民はどの政党を選んでいるのだろうか。
1993年は日本は「経済成長期」だったのではないか
というより平成不況のど真ん中と言ったら良かったのかもしれない。
日本は平成不況から脱するための政策を日々考えていた
時期であり、経済成長期の感覚が抜けきれてない時期と
言ったらよかっただろうか。
そしてこれからの高齢社会の到来を告げた時代だったと思う。
「93年宣言」は時代背景からみたら高齢社会となった
スェーデンのエーデル改革の時期とほぼ同じ頃と見ていったほうが
よいのかもしれない。ただ、スェーデンは社会民主主義の
行政、財政の基盤での改革をおこなっていることが日本の財政との
違いではないかと考えるところである。
今、現政権のいう「地域主権」の経済成長やそれに伴う
「規制緩和」についてはまた書くときがあったら書いていきたい。
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