大きな地震の最中で「平和への祈り」と書きましたが、
地震は相手が自然災害という形ですが
やはり心の世界のことを考え、
平和への祈り」と書いてしまいました。
地震にはそれぞれ意味があると思いますが、
しかし、起きてしまった現実はもう後戻りすることも
防ぐこともできない。
そんな中生命の救済の優先、
そして大切なことは他者への思いやり、
また被災地にいる方々がその起きてしまった環境の中で
あらゆる強みを探し、見つけてそれを生かしていくことです。
そして祈り、
私は過去の大きな地震の時、できるだけ早く現地に入り、
祈りをあげてきました。
歪みの生じた空間、空、刺さるような空気の波長を
感じました。
今回は行くことはできませんが
このブログに書かせていただきます。
平和への祈り in日本
「 Master、
今、家族を失い、家を失なった方々に
そして全てを失ってしまった方々に
今、悲しみと苦しみの中にいる方々に
信仰をお与えください。
そしてこの悲しみと苦しみをお癒しください。
この方々に力強く生きる未来をお与えください。 」
仏さまはただの一人もお見逃しになりません。
その魂をみつめておられます。
すでにお亡くなりになった方のご家族には
その悲しみの中ですがぜひあの世があり、
仏さまの導きがあることを祈りとしてあげてほしい。
先日からこのブログに「ひとつしかないパン」の
たとえ話を書きたいと思いましたが、
今度また機会があったら書きたいと思います。
今の被災地の日本の方々へ
「ひとつのおにぎり」の話を書きたいと思います。
何かが起こってしまっておにぎりが
手元にひとつしかなかったら、
そのおにぎりをまず二つに分けてみましょう。
その隣にも隣にもおなかが減った人がいたら
そのおにぎりの半分を分けてみましょう。
そうしたら心に力が満ち、
いずれか残り半分のおにぎりがまた
自分のところにめぐってくるかもしれない。
思いやりは、自分では忘れたころに
また自分のところに戻ってくる。
なにより人は一人で生きているのではなく
人に依りて生きているのです。
コメントを残す