このブログを読んでくださっている方々から今回の地震のこと、
原発についてはどうなのだろうかという心が届いてきます。
今回の地震のことで「平和への祈り in 日本」と書いたのは
いつかその深い理由までも書くことがあるのかもしれません。
地震について確定的に書くことが危険なこともあり、
細かく書くことが良いこととも思えないと考えています。
一人ひとりの心が何を感じ、何を悟るかということが
大切なことであると思います。
仏教の言葉で「重重無尽」というものがあります。
心の世界、仏さまから見ますとこの世界は神仏が大きな網を
広げているようなもので網の節目を一人の人間の心と考えると
一人ひとりの存在は実はつながっている、
依他起生、人は一人で生きているのではなく
人に依りて生きているということになります。
仏道修行が進んでいくとこの網が目の前に広がり、
金色に光るときがあります。
またその網を金色に変えていく作業こそが「人を愛する」
ということなのだと思います。
この重重無尽の網は平らに広がっているだけの
網ではありません。
神仕組みは幾重にも重なっています。
だから地震のことを細かく書いていくとたくさんの事柄や
人が現れてくることになります。
その内容を理解するにはこのブログの内容には
既にたくさんのことが含まれています。
地震が起きたときはどうだったのか、私自身はどう感じていたのかと
いうことを書いていきます。
仏さまと表現している方はこの地球を内包している神であると
以前書きました。
このブログの「慈悲の力」の追記では地球が大きく動くときは
根本神仏の意思が働いているのだということを書いています。
今回の地震は仏さま(主エル)の心を超え、根本神仏の意思が
強く働いています。
まず最初に書かなくてはならないのは神仏の存在を
否定した世の中はその存在を本来、許されていないということが
あると思います。
肯定的に言えば現代が神仏の力が相当の働きをしている時代であると
言えると思います。
それからこの世は神仏が創られ、「調和」と「発展」という
ベクトルがある、人には仏性(神性)があると書いてきています。
「調和」と「発展」のベクトルは人がそのベクトルに
向かっていこうとすると神仏の心にかない、
共に幸福になる方向に向かうと考えていただいてよいと思います。
そのベクトルが大きく歪んでしまっていると
浄化作用が働いてきます。
それは国家、組織、リーダー、個人にまで至って
考えることができると思います。
「幸福の芽」は不運な時も力強く生きていってほしい、
悲しくて苦しいときもそれを手に握りこみ、前を向いて
歩いてほしいと思います。
自らの力、組織の力すなわちその持てる強みを生かして
再びその足で歩いてほしいと思います。
そして人は人生の中で神仏の存在を知る時が廻ってくるように
なっています。信仰は人間にとってとても大切なものです。
その信仰をしっかり掴んでほしいと思います。
地震後も根本神仏の怒りの念いは収まることはありませんでした。
そのためもうひとつ大きな地震が起きるように感じていました。
しかし、数日後にはその念いが収まってきていました。
しかし、予断は許される状態ではありません。
私自身は原発については命がけで対応しておられる方々に
心より感謝をしております。
しかし最前線では人の力で打ち破れないいくつもの壁が
あるように感じています。
根本神仏の心次第なのです。
その壁を打ち破る為には多くの人が信仰に目覚め、神仏に対し
畏怖の心が必要なのだと思います。
その壁を打ち破るのは国家、国民の神仏に対する信仰と祈りが
大切だと思います。
「 主よ
主エルよ
どうぞ、この日本をお守りください。
危機を乗り越える力を私たちにお与えください。
私たちに未来をお与えください。 」
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