※diaryから転載、編集しています。
先日グローバル社会での自由で
グローバルスタンダードということについて書いていきました。
世界経済の自由はグローバル社会の中での自由の追求ではなく、
グローバル社会の中で「自由」を獲得するためにどうするかと
いう時代になってきている、その上で繁栄を考えることが大切と
書いていきました。
この続きは先にしますが、グローバルスタンダードという
言葉について書いていきます。
過去をみていくと世界経済でグローバル化を進めてきて
現在、グローバルインバランス(もうひとつのブログで
いう経済の不均衡ですが最初にこれについて書いたときは
グローバルスタンダードという言葉を知りませんでした)が
起きている。この不均衡を解消することは大切と書きました。
グローバリズムの中でインバランスという現象が現れてきて
この先、「自由化」を推し進めていくというだけでは
世界が活力や成長、発展を生むことは困難な時代になってきていた。
そういう時代になってきている今、
グローバリズムからグローバルスタンダード、
それぞれの国家がその国を護り、経済を守っていくことで
ひとつひとつの国家が繁栄に導かれ、
他の国をも繁栄に導くことができ、
それが世界の繁栄となり、豊かな地球を形成することが
できるという考え方なのです。
先日書いたグローバルスタンダードのことを
言われている方と多少考え方が違うところがあるかもしれません。
現在、自由と繁栄を築く最後の砦が日本であり、
日本がそれを実現したときに世界経済が逆に回っていく
可能性さえあると思います。
まだまだこのことについては書きたいと思っています。
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