一方で非常に追い詰められていますが・・・。

不昧因果ということばをdiaryに書いたので
不昧因果と菩薩の境地について書いていきたいと思います。

先日、diaryで小惑星の衝突について
神仏の求める「調和」と「発展」に向かっていくことが
大切でそれによって回避することができる可能性が
あると書きました。
もうひとつ大切なことを付け加えます。
正しい信仰と正しさを求める心が大切です。
正しさは十戒や八正道だけではなく、
人と人の関係の中にあるものの意味が
大きいと思います。

不昧因果(ふまいいんが)、
どんな人でも因果の理法はくらますことができない。
因果の理法から脱した人というのは
因果の理法をよくよく知って
それによって左右されることがない境地、
悟りの境地に至った人のことを言うと思います。
正しさの確立、
確立といっても普遍的なものと流動的なものと
あります。
自分の周りに起きている因果の理法が見える人は
自由自在の境地となると思います。

なかなかそうはいかないと思います。
人は他の人の悪いところは目につきやすい。
だからこそ、できる限り相対する人、好きな人も
嫌だと思う人にも良いところを
同時に見つけることが大切と思います。

そして菩薩の境地について今まで2度ほど書いてきたと
思いますが、因果の理法からみていく菩薩の境地とは
相対する人の悪いところや因果が見えたら
そこから脱するための法、救済のための知恵を
その人に伝えることを常にしていこうと思っている、
そういう愛の心を持っていることが大切なことと思います。

  Miroku shows God 44
 
「 無数の菩薩(天使)が排出できる  

   Master of Master
           2004.10   」

*追記2011.6.11*
自分の周りに起きている因果の理法が見える人は
自由自在の境地となると思います。
インドの時代の仏さまの悟りの境地でもあります。
そう仏さまが言われます。

Posted in

コメントを残す