本来、人は「自立」に向かうエネルギーを持っています。
経営学のドラッカー氏の「新しい現実」について
「人権」と「自立」ということを
このブログでは書いてきました。
まだまだ、いろいろな方向から
書いていくことになると思います。
世界経済が高度成長していない現代だからこそ、
「人権」と「自立」と思うのです。
人を人として思えない、人の痛みが
理解できない社会に
「人権」と「自立」だと思うのです。
人の痛みが理解できる社会なら
今、世界で「民主化」が起きたでしょうか。
「人権」という言葉は通常「人としての権利」、
ひとりの人として扱われていないのではないか、
または不利益を被ったということで
本来ひとりの「人」として生きる権利のために
使われるのだと思います。
権力を行使する人、つまり「強者」に対し
「弱者」という風な捕らえ方もできると思います。
「自由主義」や「経済至上主義」など
非常に自由な考え方をすると権利主張ばかりに
なって調和がとれなくなります。
それは対価的な唯物的な考え方になるでしょう。
その反作用で平等を強く求めることになるでしょう。
強いものが勝つような「弱肉強食」の動物的な感覚が
強くでるかもしれません。
これでは「弱者」の権利を守ることはできません。
権力を持っている側の人々の「人権」というのは
「人権」という言い方は違うのかもしれません。
人が万物の霊長であることを許されるのは
「愛」と「知」に基づくものだと思います。
「人権」、人としての権利とは
人の痛みがわかるということだと思います。
しかし、「人権」を主張するということは
半面で「自立」していなくてはなりません。
または「自立」に向かって努力していかなくては
なりません。
困難なことにあってもできる限りの
努力をしていくことが大切であると思います。
皆が共に生きる社会ではそういうことが
とても大切なことであると思います。
「人権」を求める人は常に「自立」に
向かっていくことが大切です。
「人権」を求められた社会は
「自立」に向かって支援を行う必要が
あると思います。
経営学の中で労働者が一人の人としてとらえられる。
「人権」です。
そしてだからこそ、労働者は
「自立」して生きていく必要があります。
そういうことが社会でも福祉でも世界経済でも
とてもとても重要なこととなると思います。
世界経済にひとつの倫理が必要と思います。
グローバル・スタンダードです。
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