※diaryから転記、追加しました。

私のブログに以前も2度ほど悪魔について
書いたことがあると思います。

本日、diaryに書いた内容に転記、追加します。

書きたくない題名を本日は書きました。

「魔」とは何か。
「悪魔」とは何か。
神とはということと共にもうすでに
10数年考えているように思います。

主体を何と捉えるのかということはありますが
最近、私の心の中には「天」と「地」がひっくり返る、
または「天国」と「地獄」がひっくり返るという言葉が
出てはまた消えていきます。

題名に戻りますが、悪魔の様相と書きますと
何かドロドロとしたもののように考えられます。
あまりそのようなことは書きたくありません。

今日、書くことはひとつです。

「 神の名を偽り使うことは
        最大の罪である。

     Master of Master    」

なぜなら、悪魔とは「神」に
成り代わりたい存在であるからです。

なぜ、悪魔は「神」に成り代わりたいか。
「神」を羨ましいと思うからです。

悪魔の心を見つめるともう少し具体的に
わかることがあります。

「なぜ、神を名乗る者と同じことを
 しているのに彼は許され、自分は許されないのだ。

 俺は間違っていない、社会が悪い、神が悪いんだ。
 
 なぜ、俺だけが悪いと言われるのだ。      」

この悪魔の問いに神はどう答えるでしょうか。
この答えはなかなか頂けないと思います。

今時点で私の理解するところですが
やはり、間違っているのです。

一番大切なのは目に見えない「信仰」、
大いなる者への帰依の心です。
そういう心が重要だと思っていません。

神の法を説いても自己の利益を考えます。

そして成り代わりたい悪魔は神の苦労など
知ろうとも思いません。
安易に全てが手に入ると思い、
またそのような手段を使います。
自分が偉くなれば全て自分の思うがままに
なると思っています。
自分が向上しようとせず、
周りの人を下にしようとします。

その心に愛無く、
心が冷え切り凍っています。

「なぜ、神は自分を愛してくれないのだろう。
 愛されたい、愛されたい。
 自分より愛されている人がいなくなればいいんだ。
 自分が間違いという人がいなくなればいいんだ。
 そうすれば全てが自分のものになり
 全てのものが手に入る。            」

その渇いた心はどんなものを手に入れても満たされません。
本当にほしいものが手に入らないからです。

では悪魔はどうしたらいいでしょうか。
悪魔の心はなかなか変わりません。

この続きはまた書きます。

悪魔がどうしたら良いかという前に
一番は神近き人が清浄なる光を身に宿し、
公につくしていることが大切なのだと思います。

悪魔は仲間を増やします。
同じ不満を持つ者を増やしていきます。
そして人々の不平、不満を煽り立てます。
扇動し社会に影響を与えます。

しかし悪魔の心はその不平、不満を
解消することにはありません。
最初は人々の不平、不満を解消するように
働くように見えるでしょう。
しかしその心は自ら神の如く存在にしたい、
自らが一番偉くいたい、
そう考えるようになります。

ではどうするか。

人はまず、挫折に強くなければならない。
「失望」に強くなくてはならない。

正しさを求める心を忘れてはなりません。
正当な議論の為に知恵を使ってください。
神と共にありたいと思ってください。
そして正義の中で同じ心をもつ仲間を
見つけてほしい。必ずいます。

嫉妬心をかりたて不平不満を増幅する、
そういうやり方をしてはならない。

そして、逆の立場の者は嫉妬心を
煽り立てるような言動を
慎まなくてはならない。

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