【幸福の芽みろく1】の2009年10月31日の記事には
パンデミックな病気の流行について記載しています。
ここで再掲載いたします。

【現代のコミュニティの形成2】
現代のコミュニティの形成で人の力だけではできないと書いた。

様々に起きてくる災害の中で大切ななにかをつかむことが大切と書いた。

神仏の力でできるのか?
そうではない。
世の中が混迷し、また災害やパンデミックな病気が流行する。

そこで現代のコミュニティが形成されてこなくてはならない。

できることなら災害も病気の流行もその前にコミュニティが形成されて
みんなが大切な何かをつかみとれば被害は最少限になれるのかもしれない。

最近の日本の地震や災害で発達してきたのはボランティアと
そのボランティア組織、そしてその育成だ。

地震も災害もそしてパンデミックな病気もそのとき、
一番最初にあって一番動けるのは地域しかない。
被害が大きかったり多発すればもっと「地域=コミュニティ」しかない。

昔昔から互助的なものはあった。
そうではなく、現代はもっと高度なコミュニティを形成していかなくてはならない。
そのために福祉が必要なのだ。
福祉と地域が一体となることが大切なのだ。

神仏がいるのなら、神仏がこの世をつくっているなら
なぜこの世界に災害や苦しみがあるのか・・・。
簡単に言えることではないと思う。
ただ、人間から捉えたら、この世に正しさの価値観やその時代時代に神仏の正義がある。
世間の常識や良識というものもある。
一方では非常に成熟したもの価値観が存在する。
それがあるのにかかわらず、人はそれを知っていてそうしようとはしない。
多くの人の心の中には現代のことばで言えば
「自分がよければいい、ばれなきゃいい」というそんな心がある、だから神仏は
「大切な何かをつかみとりなさい、もっとよりよい存在になりなさい」といってそうして苦しみ、
試練を与えることは多いのだろう。
災害がおきたり、パンデミックな病気が流行したり。
非常に苦しみは大きい。

私たちはこの中から大切な何かをつかみ取っていかなくてはらない。

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