先日、仏教の縁起の法で聖書の創世記について書きました。

私が研究し作成した仏教の三諦円融(さんたいえんゆう)、宇宙の法と縁起の法の図です。日月神示では悪因によるメグリ(縁起の法による悪果)を取ることが重要だと言っています。そして聖書も縁起の法があります。

ムー文明はラ・ムーによって神と直結した文明でした。

ラ・ムーが治めた霊性の時代も縁起の法が説かれており、それを大事にしたからこそ、調和した社会が営めたことは否めないでしょう。

ムー文明、そして日本の神道の森羅万象に神が宿るという八百万の神の信仰による全てのものには神性が宿っていること、仏教では一切衆生悉有仏性(実際は森羅万象に対して)、当時身分制度が酷かったところ、身分立場関係なく人には仏性が宿っていることを説いています。

全ての人、全ての森羅万象には神性(仏性)が宿っています。

だからこそお互いに人や森羅万象に宿る神性(仏性)を大切にして調和して生きる必要があります。

そして仏教では依他起生(えたきしょう)という言葉があります。

人は一人で生きているのではない、自分以外の他者、他のものに依って生きている存在である。

だからこそ他者を大切にし、全てのものを大切にして愛する必要が、あります。必要というよりそれを理解して心から愛でることです。

ムー文明はラ・ムーにより霊性の時代を築き、輪廻転生、縁起の法を信じて実践していたからこそ、調和した文明が築くことができました。神を信じ、お互いの神性(仏性)を信じ、愛と感謝、思いやりの心で社会ができていました。

ラ・ムーにより法が説かれ、法により外部からの攻撃に守られた文明だったのです。

やがて成長の渦によって変化し、大陸は沈んでいきました。

聖書に書かれている縁起の法は、個人の縁起を追求していく仏教のような形では書かれていませんが原因結果は含まれています。

仏教もまた非常に暑く生きにくい時代、制度により生きにくい時代に魂を救済することに重点を置いたものです。「生老病死」による苦しみは何故起きるのだろうか、それは多くの人の苦しみの声でもあったでしょう。だからこそ、そのような時代において魂が浄化し昇華したあとのことを積極的に残していません。

縁起の法について仏教と聖書の理解には幅というか違いがあるように思います。

聖書の神も縁起の法を説いています。個の人の法も含んでいますが最も重要なのは民族、血族の縁起の法になります。

旧約聖書にある神との契約「祝福とのろい」です。

縁起の法は宇宙の法なので地球に住む全ての人、ものが生命活動をしている限り、関係ありますし外れることがありません。

聖書以外の人々のことを考えてみましょう。

人は善いことをすれば善いことが還ってくる、悪いことをすれば悪いことが還ってくると言われますし、多くの人が知っています。

生まれるときはリセットして生まれますが後にメグリが現れます。

しかし、人は悪いことをしたらすぐに悪いメグリがみられたら解り易いのですが、時間経過と共に神仕組みの重層的な縁しによって現象が現れてきます。それがメグリだと気がつかないことが多いかもしれません。またこの世で生を持ち、他者に対して悪く生きた人がなぜそのままなのかと思うことがあると思いますが、これも神仕組みの重層的な縁しです。最終的には死後に清算することになります。これに個人でなく社会的な縁起、団体、宗教、民族などがあると個人としては余計に解りにくいことになります。

それはその人がその環境に縁があり、現在あえてそこに居るとしか言えません。聖書に関係無い人でも縁起の法は動いています。

全ての人に縁起の法はあります。

それを神があえて先に形にして契約としたものが「祝福とのろい」です。「私は今日、あなたがたに対して天と地とを証人に立てる。

私はいのちと死、祝福とのろいをあなたの前に置く」

聖書の民、イスラエルの民には何度も何度も振り返って法に戻れば解るようにしてあったのです。

聖書に縁起の法がありましたがいつか「祝福」が当たり前になり、「のろい」を忘れてしまって間違った道を選んでしまいました。

時は初めのイスラエル建国の後、ダビデ王は非常に信仰深く、モーゼの法を理解し忘れず、国を治めました。

しかしその後は時間と共に民族は法から離れてしまい、他国から度々侵攻されてしまうことになります。

侵攻されバビロン捕囚となったエゼキエル、そしてダニエルは預言者でした。

ダニエルは聖書を読むことで縁起の法に気が付き、神の前に泣き伏せます。ダニエル書には民族、血族としての縁起の法が

書かれています。

内容はまた別に書く機会があると思います。

話は逸れますが日本は縄文に戻るということが言われています。

ムー文明は科学的にどうだったでしょうか。

先日、X-twitterに書きました。

Suppose you have a question like this. 

Which is better : Atlantis or Mu ? 

Mu is before, and after Atlantis. 

このような問いがあったとします。

アトランティスとムーのどちらか良いか。

ムーは前にあり、後にあります。

ムー文明はアトランティス文明にある科学を先に持っていて、アトランティスの科学も知っていました。

しかし、人の進化、人の成長にとって何が重要なのか、物ではなく何が大切なのか、それを示した文明でした。

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