信仰とは何か、この問いにどのように感じるでしょうか。

長く信仰生活をしている方々は当たり前のことでしょう。
しかし、今一度立ち戻ってみてください。
現在、日本や世界の古くから信仰されている神々は活神様として、動いておられます。祈るとき、そこに神々の臨在を感じていますか。
神々は待っておられます。あなた方の心が神々の思いと通じることを。

日本に住み、普通に社会生活を送っておられる方々はどうでしょう。
神社や仏閣に行って参拝はするけれど本当にそこに神仏がおられるだろうかと疑問を持つことはないでしょうか。また神仏がそこにおられるから参拝し、祈らなくてはならないと思って手を合わせる。
親がそうしていたから拝む。
願をかけて祈る、おみくじを引いて運を確認する。

しかし、しかし立ち止まって考えてみてほしいと思います。
何か神への「願掛け」で結果だけを求めていないでしょうか。
祈願はするけれど、他の時には忘れている。危機に陥った時だけ神に祈る。自分自身にとって神とは「おかげ」を求める存在になっていないでしょうか。

本来の信仰は先に神への感謝があります。日々、生活できていること、食べることができること、空気があり酸素を吸うことが苦しむことなくできること、体調が良いこと。
神、神々は毎日、私たちに多くのものを与えてくださっています。
また日本には八百万の神がおられると言われています。実際におられるのですがひとつひとつに神の魂が宿り、神の姿を現しています。
先ず、与えられているものに感謝することが大事です。
初めに神への信仰があって、それは神への感謝のこころです。
そんなことは分かっているという方々も今一度、立ち返ってみてほしいと思います。

また最近は自らのこころがどうしても惹かれて、神を求めずにはいられないという人もたくさん出てきているのではないでしょうか。
ひと昔前では霊的な現象を話す人は少なかったのですが、netを観ても最近はスピリチュアルな感覚がある人が少なからずおられ、現象について隠さず話をする人が増えています。
しかし、ちょっとした霊現象が起きたから喜んでしまい、それに拘ってしまう。拘りは道を違えることがあり、一度や二度、何度かその霊現象に拘ることなく、生活してみましょう。

災害が多い時節になっています。
当たり前だと思っていることを振り返り、毎日の当たり前に神への感謝のこころを持つことが大事です。

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