幸福の科学を何故辞めたのか、長い年月の中で時々入って来ていたインスピレーションですがその度に私は今迄十分にblogの記事に書いてきたと思っていました。

今朝改めてはっきりと入ってきたので記事にしたいと思います。

[闇からのメッセージ]

最近、記事やポストで[闇]の存在について書いています。

ずっと無視していたのですが[闇]の存在はとうとう私自身に直接、インスピレーションを入れてきました。この時の[闇]というのは霊存在ではなく、[闇]側の生きているサイキッカーからのインスピレーションです。6月8日のことです。それから短いインスピレーションが数日みられました。

彼は私に言いました。

6月11日

闇-[我々があなたの法を説いたらどうなる?]

私-[現象は神によるもの、別のモノ]

闇-[あなたが幸福の科学のマイトレーヤだったら我々にとって都合が良かったのだ、幸福の科学を切り捨てるときにあなたも偽者になるからだ]

私は随分前からキリスト教やイスラム教圏では幸福の科学は通用しないことを知っていました。

私はblogに繰り返し繰り返し書いているように幸福の科学という教団を15年以上前に退会して、縁を切っています。しかし、彼らは執拗に追いかけて今殺そうとまでしています。

では幸福の科学にとって私が幸福の科学のマイトレーヤであったほうが都合が良かったのでしょうか。

私が幸福の科学のマイトレーヤであることが彼らにとって都合が悪かったら高学歴で優秀な幸福の科学教団は[選挙の時に少し関わりがあったが、うちは関係ありません]と言って切り捨てたでしょう。私は関係無くなることを望んでいました。

しかし都合が良かったから、そうであったからここまで追い詰めたのだと思います。都合が良かったということは教団内に私の代役があったはずです。彼女がblogに様々なことを書いているが何もわからず神からインスピレーションを得て書いているだけだ、そして外部からもそのように言って欲しいと言って来た人たちもいたのだと思います。

元々宗教や信仰がある中で生まれた家系なら神への信仰は身近であったと思います。しかし私のようにもとより家にある仏教信仰や土着の神の信心のある者はある時本を読んで強く惹かれた、霊的なひらめき、霊的体験などを通して宗教や信仰生活に入る方は多いのではないでしょうか。または自ら苦境に立ち道を求めて行くのではないでしょうか。

私の場合はblogの記事「幸福の芽」にあるように20歳代前半に苦しみの中、正しさとは何かを求めてある時意識の深い深い所から神の言葉を聞いたことによります。

酷い虐めの中で正しさとは何かを求め求め続けたある日、神は私が掴みかけたものを知り心の深い深いところから「育む心が大切なのだ、慈しむ心が大切なのだ、それが一番価値のあるものなのだ」と言われました。

私にとって神とはこの時に私を導いた神です。このことがあって後私は一歩前に出ました。更なる努力を開始し新たな資格を幾つか取得し、信仰や成功哲学などの本を読んでいきました。

その後も紆余曲折がありました。一筋縄では行きませんでした。法を求め続けて因果の理法を体得しました。

やがて福祉の仕事に従事するようになり天職だと思いました。体力の無い私は苦労しましたがやりがいがあり心に充実感がありました。ここで私は「生老病死」について思恵を重ねていきました。

落ち着いたころ私は宗教団体に入ろうと思いました。何処の宗教団体に入ったら良いか悩み悩み結局イベントに行った幸福の科学に入会を決めました。最初から教祖に強く惹かれた訳ではありませんでした。入会後も祈りはいつも元々の私の内なる神に祈っていました。それは退会するまで変ることはありませんでした。

入会してしばらくすると法は素晴らしいものがあるのに違和感を感じました。1992年7月の東京ドーム講演会で私は霊的な力で「愛と正しさが大事である」と強く訴えましたが、何ら変わった訳ではありません。宗教団体としては学習団体を基礎に人間関係が希薄な団体でした。高学歴を重視し、一般会員は救世事業にお布施(植福)することが何より大事なことでした。宗教団体に属し、また追い詰められていく生活を繰り返した私は今迄お金を貯めるという生活をしていませんし、まさに今非常に追い詰められています。

[正しさとは何か]

私は個人として[正しさとは何か]を思考し続けました。

しかし幸福の科学にとっての正しさとは教祖を守ることと教団を守ることです。今現代の無信仰に見られる集団の正義と同じです。宗教団体というものは神によって創られるものです。その神がどのような神仏かどうかは様々でしょう。ならば教団というものは神から預かったものであると思います。しかし幸福の科学教団の教祖は自ら地球神、現人神を名乗り運営をし、教団を神のものではなく教祖のものとしていました。また取り巻きの執事たちも彼の我欲のままに、また我欲を助長させて運営していました。

教祖の言葉が正法と一致していたら良かったのですが教団の正しさは法では無く、現人神である教祖の言葉でした。

心臓病から復帰後、積極的に世界に出かけた教祖は常に女性職員に囲まれ高級腕時計を趣味として高級スーツを使い捨てる、またあっさり離婚をし元妻を悪として罵倒する。そんな教祖に私は失望感しかありませんでした。

雲水で総本山と深い縁があった時期の後、この時私は地元の団体のほうで追い詰められていました。まもなく立党宣言があり、選挙最中に少し関わることがありました。

選挙後ですが私は身動きできなくなりました。教祖は女性信者職員の儀式やスキャンダルも記事として書かれて明らかとなり、それをきっかけにして教祖への信仰が無かった私は退会しました。

その時の神からのインスピレーションでは「一人で立つ」でした。私の神は幸福の科学に在るのではなく、私の中にあります。

これが私が幸福の科学を辞めた理由です。

私の神は私の中で常にあり、変わりませんがそれは教祖ではありません。もし教祖に対して信仰があったなら何にも参加しない会員登録された一会員であり続ける道もあったでしょうが私の選択肢にそれはありませんでした。もちろん退会した後に幸福の科学に戻ることを考えたことはありません。

幸福の科学の教祖の兄、まこと氏についてですがまこと氏は日月神示を深く読んでいたからこそ[誠(まこと)]という名をセカンドネームに選んだのでしょう。

幸福の科学創立に深く関わった兄、誠氏が逝去された頃、他の職員たちに霊的に嫌がらせをされて精神的に追い詰められて病室で苦しんでいる姿を視たことがことがありました。霊的に強く脅かされていたのだと思います。さぞかし無念であったでしょう。

私にとっては15年以上も前に退会して縁を切った幸福の科学教団、私にとって何の関係もありませんが酷い嫌がらせが長く続いています。

ひふみ神示大奥山 弥勒の世 蓮みろく

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