私は2025年3月20日に[太陽系人類と古事記と聖書~ひふみ神示]に2025年7月に携挙があるとblogに書きました。

以下内容の一部です。

私はblogに以前、2025年7月に携挙があると書きました。

日本中心に世界でも終末に先だって携挙として地上の人々が死去し神の下に還る身魂があります。また霊界の神々の中でも携挙に加わり、神の下に還ります。その神魂は大神や三神と共に終末であり、大峠であるこれからの時、地上に関与して新しい世界を築いていく力となります。(大神のご指導で書いています)

※3/29追加

書き足りませんでした。聖書やひふみ神示に書かれている携挙は終末の最終です。今回書いたのは終末と携挙に先だって行われる携挙と同じように神の下に還る魂があり、それが大峠に向って神と共に活動されるという意味です。以前の記事にそのように書いたので誤解されている方は少ないように思います。

改めて書きますが聖書にある携挙や、ひふみ神示にある大神との結婚は終末の最終です。追加文書に書いたように7月に天界に上がって終末の活動する魂の携挙は極一部です。

それは静か静かに個々にところに神の御手が来られ、霊的な神の手を視るか感じることになります。集団ではありません。

同じく終末時期に現界で働く強い魂も大神にとっては非常に大事な魂です。

[携挙]

ここで携挙についての注意事項を幾つか書いていきます。

・今年7月5日前後に逝去されるかたがおられてもそれは携挙ではないかもしれません。携挙の魂は相当な魂です。現界では苦難を生き尚神に総てを捧げる魂で天界に上がって直ぐに神の為に働く魂です。通常同時期に逝去された方は生前の心の在り方で魂が地獄と見えし世界に行く人もあれば天界にスムーズに上がっていく方もおられます。

・携挙に合わせて集団の指導者が携挙の為集団自殺しなくてはならないというのは今迄の異端宗教にあったようにこれは事件であり、携挙ではありません。もし自分がそのようなところにいるならばそのような集団とは縁を切ってください。

・また個人が神の元に帰りたいと思い、自殺しても神の元には行けません。

7月5日に意識変容が起きるという話を聞いたことがあります。

[意識変容を起こすという実験]

集団が急激な意識変容を起こす実験として一番解りやすいのは、何かのきっかけで起きる恐怖です。または明らかな現象を見たり聞いたりすることで今迄の常識で考えられないことが起きることによる変容です。こちらはショッキングな内容かもしれませんし、夢の世界に居る様な内容かもしれません。

また神の光が下りたと感じる、通常感じないような熱感を感じることで光だと感じることがありますがこの光も悪しきものと神からのものと分かれます。ジリジリと熱いような押し寄せられる様な光は悪しき光です。現界のみの光ではある程度の人数による集団意識がある特定の人に集中することで光と感じる熱感があります。

小見出しに書いたようにこれはあくまで実験で得られるだろう内容です。

神からの光は非常にクリアでスッキリしたものです。全身を包むようなものもあればそうでないものもあります。

神の光を得るきっかけの種類で得られる光は種類が少しづつ異なるように思います。

このような文書を書いたのはこれからの時期、自分が光を感じたと思った瞬間にこれは神の光だろうかと一回サニワをして欲しいと思うからです。

大神はあなたがたの一人ひとりの魂の成長を願っています。2025年7月に異常な意識変容を感じるならばそれは神ではなく、違うもので悪しきものから来ている科学的な物質的なものである可能性が大きいと思います。

7月に意識変容があるとするなら現れた現象の後にそれを受けて一人ひとりの心がどう捉え進むかということが意識変容になると思います。

[聖書とひふみ神示にある意識変容に該当するもの]

聖書にある意識変容は[新しい天と新しい地]を見た時、ひふみ神示にある意識変容は大峠の建替えであると思います。しかし意識変容という言葉を使うのは正しくないと思います。人為的に変容するというものではなく個人の身魂は自らの魂の歴史、記憶を思い出して自らが何者かを知って新たな世界に進むことになることだと思います。

[未来へのパラダイムシフト]

私のblogの副題にあるパラダイムシフトですが、大きな出来事(現象)が起きてそこで自らが今迄と違った認識をして今迄と違った生き方をしていく、この時の集団意識のパラダイムシフトは未来に向かって新たな一歩を踏み出すか、また逆にその時の苦難に流されて悪い方向へ流されていくかそれは我々人類、一人ひとりの選択であると思います。

生活面、社会面、金融面で何か今までと違う大きな出来事が起きて今迄通りでは済まない、戻れない時には仲間と共に励まし合い未来に向かって新たな一歩を力強く踏み出す勇気を持ってください。

疲れ切ったなら、癒しを求めて横になりお腹に手を載せて大神に身を委ねてください。

少なくとも私のblogに縁ある方は今日一日暗くても、三日暗い日であっても仲間と共にその先に必ず一歩を踏み出せる道があるという勇気を持ってください。そして未来を築いてほしいと思います。

ひふみ神示大奥山 弥勒の世 蓮みろく

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