伊勢神宮にて1/1~1/2とSun God(Master of Master)と
天照大御神の会話が続きました。
後日記載します。
内宮上空2017.1.2

伊勢神宮にて1/1~1/2とSun God(Master of Master)と
天照大御神の会話が続きました。
後日記載します。
内宮上空2017.1.2

2017年、
今年も1/1~1/2伊勢参りをしました。
外宮2017

外宮にて、神道神々より
「今年はたいへんな年になる。」
参拝時に杜の布が大きく風に揺れ中の扉が
現れました。
内宮宇治橋

天照大御神
「天にみろく有り」
maitri
「そして私は日本にいる」
天照大御神
「ここは菊の紋が入った社・・・」
内宮2017

昨年は「護りの年」
一人ひとりの護りと日本を護る、そして世界。
大難を小難にあるいは護ったことなど
思い返すと様々なことがありました。
今年の言葉です。
「 正す年 」
This year is ” Correct errors “
自らの心や行いを
省みて正すことが大切です。
しばらく前からクリスマスの時期を
待っていました。
本日、Master of Masterから
大きく方向転換を示されました。
内容は私が驚くものでした。
このブログに本日のinspirationの内容を
書くことは数年先になるでしょう。
現在ただ今の私は1日24時間という
限られた時間の流れの中で
流れに沿って時間を過ごしています。
もうすぐ新しい年を迎えます。
日本でspiritual spotと言われる所は
私が実際に行ってみても
やはりspiritual spotです。
来年はどのような年になるでしょうか。
今年は「護りの年」でした。
年頭に書いた「深い意味」はこのblogを
読んでくださっている人、一人ひとりの心で
読んでください。
「護りの年」は環境から自らの身を護る、
地域を護る、国家を護る、世界を護らざるを
得ない年という意味です。
今年は違うところで蓮の写メを撮りました。
Master of Master、
死は人に与えられた逃れられない苦しみの一つであると
仏さまは言われました。
人は死の苦しみに必ず直面します。
生老病死はその人と近親者にとって
苦しみであり、悲しみであります。
しかし、そのような死であっても
何一つ意味のない死は無い。
この世に生を受け、生きてきた限り、
死後も人に大きな影響を与え続けています。
Master of Master、
世界で死を迎えた方々が安らかでありますように
天上世界に気がつき、戻られますように
蓮 みろく
蓮の花



*日記です*
先日、遠くで言われたように思いますが、
blogは最初から宗教的な意味合いを多く含み
書いていくという意図があり、
現在に至っています。
つまり宗教として書いています。
それはblogの1に記載しているとおり、
blogを書くよりもっと前から神と共に
生きてきている為です。
私にとって私の最も上におられるのが神です。
信仰者はたやすく理解できるでしょう。
しかしfacebookは私自身の
Social Actionの為に書いています。
両方に共通なのは
この社会をひとつのvisionとして捉え、
Supervisedを行い、
この世の中に良い影響を与えることを
考えているということです。
Master of Master(Sun God)、
「もう、Master ELはいない。
私がいる。」
天変地異についてです。
私は宗教的なことをこのblogに
たくさん盛り込んできましたが、
リアル社会のことも多く書いてきました。
宗教的に言えば「天変地異」として
地球規模の気象の変動、
環太平洋地域に地震が多発し、
根本神仏が怒って
おられるのだということができます。
リアル社会、現社会で捉えるとすると
世界規模で起きている気象の変動は
地球全体の気温上昇が
もたらしているものです。
突然起きる気象の変動は今までは
特別なもの、一時的なものでしたが、
これからは恒常的なものである、
いつ起きてもおかしくないと
捉える必要があるでしょう。
自然に対する感謝が必要であり、
この地球の大自然にさえ意識体があり、
我々と共にこの地球を構成しています。
私たちはこの地球を愛すべきです。
そして現在起きている地震等は
東南アジアとオセアニアの地殻変動が
誘引となっています。
起きるべきものは起きるでしょう。
しかしその変動がどのように人にとって
災害となるかは信仰と祈りになります。
また、環太平洋の経済政策の動向を
神がみているでしょう。
量的緩和により世界市場が留まることなく、
膨張し続けています。
バブル化を加速していましたが歯止めが
かかったようです。
何の躊躇も無く、世界経済に無責任な政策を
取り続けてはなりません。
過去、一国で量的緩和を行なっていた時とは
違い、また正義が大きく作用した時代とは違い、
残念ながら目先の利益のみに追われる時代、
この現代のグローバル化した金融世界で今、
幾つもの国で同時に量的緩和を行い、一時に
効果に生み出しても効果は長引かず、
また世界経済の未来にとって良いことでは
ありません。
世界の未来や多くの人々にとっての幸福
(well-being)について良いことではありません。
日本は金融のみではなく、日本独自のやり方を
見出すことでやれることはあるということを
考えていかなくてはなりません。
神の救いとは
どのようなものでしょうか。
救いを求めるというものと
現社会の救助とは違います。
勘違いをしている方は多いと思います。
一時苦しいときに祈りにより
神は救いの手を差し伸べてくださることは
あるでしょう。
しかし、自分の良いようにしてもらえると
いうことが「神の救い」と勘違いを
していませんか。
神には正しさ、正義があります。
ただ「自分を救ってくれるものだ」と
考えている人はその思考自体が
神に合わず、救いの道には遠いということです。
その間違いに気がつき、正義の道を
目指すことです。
他者を犠牲にして自分が上に
あがろうとするのは正義でも正統でもありません。
それに気がつかなくてはなりません。
欲深さに気がつかなくてはなりません。
正統な利益を得るということではなく、
他者の物まで取って利益を得るということは
間違いであると気がつかなくてはなりません。
それにいかなる理由をつけても
間違いは間違いです。
神の御心に合う、正しさを求めると
いう向上心が大切なのです。
Master、
Master of Master、
大きな地震から既に10日立ちました。
この日本とEcuadorエクアドルの
地上近くに大きな思念が渦巻いていて、
依然消えることがありません。
「神の不在」
その思念は
神が無いと言っている訳では
ありません。
神より自分のほうが偉い、
上であると言っています。
地震によりその場の空間が切り裂かれ、
そして人々の悲しみが空を
切り裂かんばかりに続いています。
それでもその重苦しい思念は自分に囚われ、
自分が上だ、自分が上だ、
自分こそ神の代理として相応しい、
いやそれ以上に自分は神と同等なのだ、
そう主張を続けています。
神よ、
Master of Master、Sun God、
願わくば、彼らを遠ざけ、
神の御元で働ける人々に力をお与えください。