• 昨年5月から書いていた「自由と繁栄」について
    あの後も何度も書きたい内容が心に到来しては流れている。

    このブログの「心の時代の枠組み2 民主主義を超えるもの」
    の内容に含まれるものだと思う。
    すでに現存の民主主義を超える内容が含まれていると考えて
    いただいているのではないかと思う。
    「民主主義を超えるもの」の入り口だと思う。

    「自由」については「自由主義」と「新自由主義」を超えて
    「自由と繁栄」について神仏への信仰を含めて書いている。

    「国富論」時代が悪いかというとそうではないが、
    時代の流れの中でさまざまなことが起きていると
    いうことなのだと思う。

    その過去・現在を見て未来を認識し、未来を創ることが
    大切だと思う。
    そして相対的な見方も大切。

    書き足りていない、そのことを残念に思う。
    他のことも・・・
    そして今は消費税増税についても書き足りてはいない。

  • このブログの副題が
    「心の時代へのパラダイムシフト」だが私は数年前に題名は
    違うがこの内容とコミュニティケアについて論文を
    書いたことがある。

    それを読んでくださった教授は
    「この日本経済の中でうまくいくだろうか」という
    感想の心を下さった。
    私はその時、「経済が満たされているときにはかえって
    できないのではないか、むしろ今のような時代だからこそ
    できるのではないか」と考えていた。

    論文の一部を記載する。
    『21世紀日本は超高齢社会と共に介護を通し、
     「モノ」ののみの価値観から離れ、心の大切さに
     価値を見出し、「何かができる」という心身の発達以外に
     心の価値が形成され、心の豊かさを求め、心の発達を目指す
     「心の時代にパラダイムシフト」する。
     やがてその価値観が学校教育にも取り入れられ、国民全体が
     心の発達を目指していく。かくて日本は福祉先進国家となる。
     (確か国家という言い方が違うと指摘されたと思う)   』

    この文章の前後には「権利意識」により「モノ」の価値観が
    上になる時があることやコミュニティケアについても書いている。

    そして別の論文で「心の発達について」新たな視点を書いている。

    この論文は単なる夢物語ではなく、たいへん真剣な思いで
    書いたものである。
    このブログはそのために書き始めたのだ。

    しかし、私の意図と関係なく、仏さまの意思により
    そして必然的に日月神示についてふれることになり、
    このブログの「みろく神示」を書くことになってしまった。
    今では私にとっては非常に負荷の高いものになった。

  • 「心の科学2心の法則」については
    また続けて書いていきたい。
    今日は「組織づくり」について書きたいと思いながら、
    優先的に大切なものを書いていく。
    組織づくりについては「現代のコミュニティ」で
    少し書いているがボランティア活動、特定非営利法人など、
    組織を作るときのリーダーの考え方、注意していかなくては
    ならないことを書いてみたかった。
    そして継続するにはリーダーという立場の人が
    その一代限りの組織とするのか、永続的にするのかを
    最初から考えて活動をしていかなくてはならないと思う。
    後日、書いていきたい。

    このブログに「Master of Master」と書かれた
    Inspirationがよく書かれているが、
    既に長く語られている宗教や
    現在ある数多くの宗教で言われる「Master」と
    違いがあるだろうか。
    通常宗教上の「Master」という存在があるが
    「Master of Master」と書かれているのは
    一言で言えば「地球神」である。
    現存の他宗教でこの「地球神」のことを書かれていると
    「地球神」自体は意識としてひとつなので内容が
    重なってくることもあると思う。
    そういう現象が起きているならそれぞれで内容、意味合いが
    同じか、受け手で異なることがあるのかもしれない。

    私のInspirationは「Master of Master」と書かれて
    いるときは直接頂いているInspirationで書かれているので
    この世界の人から頂いているものではないし、
    誰かに操られて?書いているものでもない。
    直接いただいている。
    ブログを書く前から頂いていたので自分自身で驚きは
    ないのだが考えてみたら大きなことだと本日あらためて考えた。
    知人には話をしているが宗教を仕事としてしている人と
    このブログの話をしたことはない。
    だから誰かにとられそうということが起きるのか。
    でもこのブログに手を出したらいけないと思う。

    昨日、どなかたからかInspirationで「慈悲」の力について
    尋ねられたので答えた。

    弥勒は「慈しみ」という意味があると読んだことがある。
    「慈悲」は弱いものか。
    人が人に慈悲の行為をしようとするとき、あるいは社会に
    対してや福祉などで慈悲というものを現そうとするとき、
    ともすれば「優しさ」や「慈しみ」などの行為は
    強くないもの、むしろ弱いものに感じるだろうか。
    しかし、私が思う「慈悲」は非常に強いものに思う。

    人がひとり慈悲の行為を行うことも非常にたいへんな力が
    必要だと思う。
    人が人に行為としてする「慈悲」は一人ひとりは
    小さな思い、行為かもしれないがこれが集合となり、
    また循環し始めたら大きなものとなる。
    まして「慈悲」というものは仏性の中で最大の力を
    発揮するものだと思う。
    「慈悲」の行為を支えるのは信仰であり、だからこそ
    仏さまの「慈悲」の力が大きく動くものだと思う。

    信仰に裏づけされた「慈悲」は最大の力を発するとき
    それは大きな力となると思う。

    *追記
    「地球神」という表現について書き添える。
    大きくこの星としての地球文明を創る神としての
    「地球神」という意味だったが、
    以前このブログに書いたことがある「地球意識」は
    「地球意識」と書いたほうがよいのではないかと思う。

    心を深く向けてみた。メッセージのみを書くと
    「私が大きく動くときは根本神仏の意志が働いているのだ」
    ということだった。

  • 心を科学する。

    このブログで「心の力」ということを
    何度か書いてきた。

    心には力がある。
    どんな力だろうか。

    自己を卑下をして自分は不幸だと思い続けると
    本当は幸せを求めていても残念ながら
    不幸しかやってこない。
    自分なんてどうせ・・・と思っていると
    いつの間にかもっとそう思うようなことに
    なってくる。
    自分は誰かのせいで不幸だと思うと
    その人を許せず、自他共に不幸になっていく。

    自分自身が気がつかないで
    不幸を引き寄せている人も多い。
    自分の心の中で繰り返し、思い浮かぶものが何か、
    よくよく見つめてみてそれを打ち消し、
    新たな発展的なビジョンを繰り返し
    入れていくことが大切だと思う。

    自分の心が幸福になりたい、成長したい、
    発展したいと思えば、心の方向性ができて
    継続するとそういう道が開けていく。
    幸福の芽を見つけ、育てることが大切。

    ただ、仏さまの心に合わないということが
    その道の扉を閉じてしまうことがある。
    そんなときは自らの心を見つめて
    自分だけの幸福を求めていなかったか
    考えてみる、省みることが必要となる。
    自らの心を科学していく。
    自分だけの幸せを求めていなかったか。
    そのために他の人を害していなかったか。
    自らを律していくことがとても大切である。

    日本が自国が繁栄し、世界にとっても良い影響を
    与えていける国になれると心を持つリーダーが増え、
    そうだと思う心を持つ国民が増えていけていけば、
    実際そういう精神世界が形成されてきて
    現実にいろいろ変化がおきてくる。
    逆に他国と戦おう、戦って勝とうという
    攻撃的なリーダーが増えると
    そういう精神世界ができて破壊に
    向かう力が働いてくる。

  •   [ The Law of the Universe ]

      Everything has a divine nature.

      Everyone has the nature of the Creator.

      「全てのものに神性が宿っている。
       あなたがたには創造主の性質が宿っている 」

      Divine origin created space and time.

      Divine origin created

      The laws of this universe.

      The laws has
      a vector of harmony and development.

      「根本神仏は空間と時間の概念を作った。
       根本神仏はこの宇宙に法を編んだ。
       その法は調和と発展というベクトルを持つ。」

      [ I’ll speak to you more slowly.
     
       But,I have minimal time to speak with you.

       I created you in my thought.

       There were my thought, “Everything,Be exist.”

       I created the great universe.

       Then,I spoke you,”Live together,”

       “Make happiness together. 
     
       You come into being in the great universe.

       This is the Law of the Universe. ]

      「もう、少しゆっくり話をしよう。  
       しかし、私が話をする時間は僅かである。
       私は念いの中であなたがたを創った。
       ”全てのものよ、在れ”と念い、
       この宇宙を創ったのだ。
       そして、あなたがたに
       ”共に生きよ、幸福なれ”と言った。
       そうやってあなたがたは生まれてきたのだ。
       これが宇宙の法である。        」
     

      What’s divine nature?

      It is Love,Right,Beauty,Cooperation,

      Growth,Development…

      Ask Your Heart,
     
      Seeking happiness,Seeking the truth,
     
      Others bring up,Want to improve society,
     
      and many more…
     
      But…

      「神性とは何か。
       それは愛であり、善であり、美であり、
       協調、成長、発展・・・
       幸せになりたい心、真理を求める心、育む心、
       社会を良くしたい心、それから・・・。
       しかし・・・                」

      この続きはもう少し先になります。

  •   *日記です*
      ここ数ヶ月なかなか更新できない状態です。
      
      まず心の王国を守ること、私の心の世界の価値観を
      守ることに相当な力を要しています。
      違う価値観をもってこられても、やはり違うものは
      違うと思うのです。
      私の心の作用はどこかに様々な影響が出ると
      思っています。
      心の作用についてももっとブログを書いていきたい。
      
      それからネット上、PC上のこともかなりあります。

      でも、本日思い立ったのです。
      もし、このブログが私のものでなくなっても、
      またゼロから始めてもいい。
      きっとこのブログを読んでくださっている人は
      違う人が書けば、私が書いているのではないと
      気がつくでしょうし、
      また始めれば見つけてくださると思います。

      そろそろ終盤でしょうか。
      「Launcherによる攻撃」をする気配を感じていますが。

  •   このブログに泣き弥勒の話が何度か出てきている。
      私自身が悲しいとき、ふと泣き弥勒を思い出すと
      書いてきた。
      人の残酷さを見せつけられたときや
      自分のことばかりしか考えず、
      他の人が傷ついても気がつきもしない心。
      それどころか、悪いのは相手の人のせいに
      してしまおうとさえ思う心。

      この世を幸せにしたいと思う仏さまの思いは
      そういうことをみて悲しんでおられるのでは
      ないでだろうか。
      実物の泣き弥勒はその表情が泣いているように
      見えるということだったと思うが、
      弥勒菩薩像が自分が辛くて、悲しくて
      泣いているだろうか。
      泣き弥勒の表情をを見ていると世の中を思い、
      嗚咽に近いほどに辛い、悲しいそんな風に感じる。

      力があるものが正しいならば、人は力のあるものに
      従っていれば正しく生きているというのだろうか。
      自らの心の中に矛盾を感じながらどうなのだろうか。

      ひとつ、組織の中で生きるということがあると思う。
      組織の中で生きるときに矛盾を抱えながら、
      自らの心の王国を守りながら時を過ごさなくては
      ならないこともあると思う。

      「正しさ」は過去の宗教の中で言われた「十戒」と
      いうものだけではない。
      仏教でいう「八正道」だけではない。
      罪を犯すということの他、
      また、世の中で生活していれば確かに間違いに
      気がつかないことはあるかもしれない。

      「正しさ」を宗教として考えると
      神仏の思いに合っていないことと言えると思う。
      過去、宗教で「十戒」が説かれた、「八正道」を
      説かれた、どちらも大切なことだと思う。
      しかし、それだけではない、そう感じている人は
      今、多くいるのではないだろうか。

      自らもまた一人ひとりが、
      日々、「正しさ」について振り返りながら、
      生きていくことはもちろん大切なことだと思うが。

  •   人との交渉は通常、自分はこういうものです、
      こういうものを勧めていますというところから
      始めるだろうか。

      今、日本のサービス事業では顧客のニーズに合わせると
      いうところで始めると思う。
      相手が何を望んでいるか、必要な地域調査、ニーズ調査、
      意識調査等を行うことがまず、
      店舗や事業を始める前に大切なことだと思う。
      いかに自慢の品々があるといっても
      このところがしっかりしていないと
      立ち行かなくなるのではないだろうか。

      営業成績の良い人は相手の心を掴むことを考え、
      まず信頼と相手のニーズを得ようと
      するのではないだろうか。
      そういう人が交渉が上手だと
      言われるのではないだろうか。

      しかし、今、日本の外交という交渉は
      全く違うところから始めなくてはならないのだと思う。
      今この日本で、ある国と長い付き合いがありその国との
      交渉がうまくいくだろうという人がいたとする。
      その人が外交をすれば、外交は非常にうまくいくように
      見える可能性が高い。
      大きな問題もすぐに生じることはないかもしれない。

      しかし、その後々はどうだろうか。
      日本にとって困難がやってくるように思う。

      日本は今、日本という国をひとつの国家として
      たちあげていかなくてはならない時期であると思う。

        Mirku shows the God 38

      「 日本に住む人よ
        この国自体が島国だったこともあり
        そして守られていたことで
        あまりに無防備に過ごしてきてしまったようだ。
      
        危機はこないとは言えないだろう。
        あなた方、ひとりひとりが国を守るということを
        考えなくてはならない。
      
        日本のリーダーよ、
        今、日本を守り、そして世界に貢献できる
        そういう国づくりを目指すのだ。

            Master of Master          」

  •   *日記です*
      振り返ると今年はUFOのことが、
      いろいろ取り上げられていたでしょうか。
     
      このブログにもUFO?星?でしょうか。
      太陽と光の星の写メをたくさん載せてきました。

      最近のことではないのですが
      今年の夏頃だったでしょうか。
      このブログを見てUFOを飛ばしてみようと思い、
      行動した人たちがいました。

      私はその後どうなるのだろうと思っていました。
      残念ですがやってきたのは災いでした。

      本物なら問題ないと思いますが。
      書き留めておきます。

  •   めずらしく、歌から始めます。

      桜井の別れ
      「青葉茂れる桜井の・・・」
      
      かなり古い歌だが時々思い出す。
      明日は涙かはた露かというこの太平記の中の1シーン。

      「組織」というものを考えるとき、
      私はこの歌の主人公について考えることがある。
      と言っても語り継がれている一部しか知らないのだが。

      自分に君主がいた場合、
      もちろん忠誠も誓っている。
      激動の中、先を見る目が自分にあった場合、
      その先が崖なのに忠誠を誓っているから、
      ただ君主のいうとおりに動くか、
      または自分にとって不利なことは十分知りながら
      その組織や人を守るために「進言」をするか。
      その後、汚名を着るかもしれない、
      命を落とすかもしれないことまでわかっている。
      そのときにどうするか。

      私自身は通常は社会の中で組織の中で生きる
      一人の人でしかないと思う。
      しかし、信仰者の一人となり、
      様々なインスピレーションをいただくようになって
      どうしてもそれが命を懸ける使命だと認識した場合、
      やはりどんなに不利でもやらなくてはならないことがある。

      リスクをリスクと知りながら、そのリスクを超えて
      しなくてはならないことがある。
      全ての価値に優先させなくてはならないものがあり、
      その時がある。

      信仰という尊きものを知ったとき、時にあらゆる
      リスクを超えることがあると思う。
      たとえ、結果が最初に見えていたものどおりにしか
      ならなかったとしてもそれは結果であると思う。

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