「慈悲」と「慈愛」、共に「慈しみ」の文字がある。
「慈しみ」はそのとき一時のものではない。
時間の中で人の苦しみを何とかしたいというものが含まれる。
私たちが苦しいとき、悲しいとき、辛いとき、仏さまが「慈悲」、悲しみの目でみておられる。
人の悲しみを慈しみの思いでみておられる。
「慈悲」
人生の中で人は苦しみ、悲しみの時がある。
仏さまはその苦しみ、悲しみから抜け出して幸せになりなさい、そのために自分の心を省みて、もし、間違ったことや周りの人に迷惑をかけたことがあったら改めなさい。
とどまってばかりいないで前向きに生きなさい。
もっと自分を高めなさいと思っておられる。
だから・・・
仏の子である人も「同悲同苦」の思いでその苦しみからどうしたら抜け出せるか、それを知っている人はその人にその導きをしなさい。
「慈愛」
自分も周りの人も知らないうちに、間違いや傷つけることがある。
今、間違ったことをしていることや傷つけていることもある。
苦しみの中でどうすることもできないでいることもある。
仏さまはその苦しみやその人の間違いをみて何とかしたいと思っておられる。
自ら気が付いたら改めなさい。
だから・・・
人はその人が間違っているから、悪いからと言って責めてばかりいてはいけない。
人は人を愛しなさい。
人はお互い愛し合いなさい。
そのとき相手の人は気がつかないかもしれない。
愛してもむしろ反撃してくるかもしれない。
それを慈しみの心で愛し続けなさい。
限りなく優しく愛し続けなさい。
時にはその愛が救済としての強い導きが必要になることがあるかもしれない。
共に幸福になる道を歩きたいという思いで愛しなさい。
最初に、人を愛しなさい。
「慈しむ心」が大切、「育む心」が大切。
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