• 心の価値に目覚める。
    まず自らの心の存在を知ることから始まります。

    この自分の心を掴むと、
    本当の自分の心が思っているのか、それとも何か悪いものに
    憑りつかれていていて、その霊存在が言っているのか、
    心の中で自らの心を第三者的に見る自己がいて、
    そして自らの心の中でどんなことが起きているか、
    客観的に捉えることができます。

    そしてもし悪いものに憑りつかれていると
    「 お前は要らないんだ 」「 お前は死ねばいい 」
    「 皆がお前の悪口を言っている 」などという声が
    聞こえたりすることがありますが、
    心弱き者よ、その声に従うことはありません。
    強く強く生きなさい。
    自らを強くし、自分の足で歩むのです。

    心の作用、反作用という題にしましたが、
    例えば○○国が日本を属国にしようとしていると
    いう声が聞こえたとするでしょう。
    1、精神が弱いと「どうしよう」と思い悩み、
      堂々巡りしてどうにもできません。

    心の作用、反作用からすると
    2、○○国が日本に攻めてくると考えるようになった、
        ・しかし、そんなことはないだろう、
        ・きっと誰かが、国が助けてくれる
        ・きっと神様がどうにかしてくれる
      こんな風に思ったらきっと何も起きずに現実を
      突きつけられるでしょう。
        
    3、○○国が日本に攻めてくると考えるようになった、
        ・なんとかしなくてはならない、先制攻撃をしよう
      先にこんな風に言えば現実的に攻撃される可能性は
      高いでしょう。または防御するために先に攻撃したと
      言われることもあると思います。

    4、○○国が日本に攻めてくると考えるようになった、
        ・この問題を解決したい、できるだけ安全に解決したい
      そう思えば、問題解決とリスクマネジメントとして防衛を
      行うことになるでしょう。

    神が好まれるのは4の考え方です。

    K教団は3の考え方を選び実行しています。

  • 今年は「自らの心を浄化せよ」という言葉で
    始まりました。
    今回の選挙運動の中で日本の神、信仰が所々で
    含まれていると思います。

    2012.1.2 天照大神
    「 私は彼ら(K教団)を許しません 」
    (K教団は神々の名を偽り、汚したため)

    2012.7.16 天之御中主神
    「 神の理を現す 」

    2012.7.16 maitriの祈り
    「 神は神の理を現し、私はその時に日本を守り、
      世界を守れますように 」

    2012.8.4 Master of Master
    「 天之御中主神は私の近くにいる 」

    2012.8.20 天之御中主神
    「 天之御中主神の名は
      根本神仏の命を受けるという意味なのだ 」

    2012.9.17 天照大神  
    「 尖閣を守りましょう 」
    (世の中の平和の為に)

    2012.12.15 maitri の祈り
    「 良き風、真理の風が吹きますように 」
    (選挙前日にて)

    私にはそれぞれの政策に1長1短が見えます。
    選挙結果から主体的浮動層として書いていきます。

  • 私が何を選ぶかを気にされるより日本で今、
    国民が多く投票し、何を選ぶかの方が大切です。

    もちろん、それによってMaster of Masterが
    どうされるか考えられるでしょう。

    このブログを読んでおられる皆様もそうでない方も
    神が成さしめる道を歩むより
    自らがどうするかを選択する道を歴史の中の
    もう随分前に選び、そして幾転生しているのです。

    民主主義を超えるものは
    信仰が大切、調和と発展が大切、
    正しさと愛が大切です。

  • Maitri diary9/5、11/17、12/3から
    転載、追加しています。

    9/5私がK教団をやめた理由は何か、どなたか
    聞かれたでしょうか?

    やめたかったからです。

    事実を書きます。
    でもこれでも事実に足りないかもしれません。
    もともと霊場として私が神示を頂きやすい霊的な磁場を
    もっていた時があったのは事実です。
    神示をおろすには霊的な磁場を整える必要があったが
    それができていた時が一定の期間はありました。

    私がK教団と実際の社会で関わりの濃い期間は
    2004年春~2009年3月です。
    その後も最初の選挙後までに
    何度か出入りしたことはあります。

    私は本山の真ん中にいました。
    実際にブログの話をしたことはありません。
    本山でも私は精神の世界の私を現すことなく、
    仮の姿をずっととっていました。
    むしろそこにいた私というものを表面的に意識的に
    作っていました。
    実際に現れている私と違い、まったく別のことを
    神々と話をしていました。
    私は私の精神世界のみに生きていたと思います。
    その時私は他の人と話をすることを好みませんでした。
    しかしある時、主エルは教団の内部をみつめ私に
    「休む」と言われました。
    K教団の幹部や少なくない職員は私を知っています。
    実はたくさんの関係者が私を知っていると思います。
    とてもお世話になった方々もいます。

    それから教団には元々私を追い出したいと
    考えていた人たちがいました。
    彼らは関係の回復を望んでいませんでした。
    以前から私を攻撃していた金融関係者の彼らと
    士会のK氏がK教団の彼女(M氏)に
    接触していったのは2008年10月半ばと記憶しています。
    それからK教団内部に向かって無駄だとは思いながら
    最後の抵抗をしました。

    そして2009年4月、私が「ひとり立つ」と決意した後に
    教祖が突然、思いついたように政党を立ち上げたのです。

    選挙の時、神(Master of Master)はK教団をつぶすと
    私に告げられましたがお世話になった人たちが
    いたからこそ、それを何とかしたいと思い行動しました。

    K教団の政策や他国への攻撃や他者を排除したり
    攻撃したりするやり方に対するMasterの怒りを聞きながら
    2009年衆院選では8/2から「必勝の戦略」というメールを
    書いていました。
    私はこの時選挙活動に知識がありました。
    内容は政策のことではなく励ましのメールです。
    私自身も政策や他国に対する攻撃について否定的な考えであり、
    そして大敗するのはわかっていましたが、
    私のお世話になった人たちの心が壊れていくそんな姿を
    見たくないと思ったからです。
    それから基礎の力を作るということを考えていたと思います。
    まだ修正ができる可能性があると思っていました。

    そして選挙を通し彼らの悪いところが明らかになった。

    私は衆院選、その後も数ヶ月前間、直接的な形でこの政党に
    netで助言をしていました。
    この頃のK教団の様子は教祖は私をある程度認めていましたが、
    一部の幹部と彼女を中心とする人たちは
    私を全く認められない状態であったと思います。

    ただ、私はK教団のやり方を選挙で見て、一緒ではないと
    思っていましたし、
    K教団に捕らわれたくないと思っていました。

    幸福の芽のブログは衆院選後に始まっていますから彼らの
    衆院選のマニフェストを否定したところから始まっています。

    しかし、私はK教団にその後もう少し手助けをしました。
    それが「あしたへ幸福実現」というブログです。
    このブログを教祖は非常に嫌ったと思います。
    そして私を認めようとしませんでした。
    そして彼女(M氏)を選んだと思います。
    私は元々ひとり立つと思っていましたし、教祖に関心が
    あった訳ではないのでそのことは良かったのですが、
    その時私を悪者にしたというところが
    非常に辛かったと思います。

    それ以前から私は毎日主エルとMasterと長い時間話を
    していました。
    MasterはK教団をこの時私を使い、変革したいと賭けて
    いたのだと思います。それができず、幸福の芽のブログには
    自動書記で年末年始にかけて日月神示が書かれていきました。
    日月神示は本山で降ろしています。
    しかし、K教団は気がつきませんでした。

    1/1Masterは私に「マイトレーヤ出現の日」を
    告げられました。

    神(Master of Master)は私を見ていて教団を取れと
    言われましたが組織を作ったのはK教団の教祖であった為、
    (私が作ったものではない)
    私はその道を選びたくないと言いました。
    実際その道を選べば私はもっと早くつぶれていたのでは
    ないかと思います。
    そんな時に神は「Forecast(フォー・キャスト)」という講話を
    こちらの教祖を通し降ろしました。
    これは神が大きな変革のチャンスを彼らに
    投げかけた大切なものです。
    最後でした。
    彼らは変わることはありませんでした。

    K教団が私の幸福の芽のブログに気がついたのは3/15でした。
    この時一層教祖は私を排除したと思います。
    そしてK教団はブログのみを取ろうとしました。

    幸福の芽のブログはメディアの方や他の宗教の方や多くの方々が
    読んでくださっていたと思います。
    (他宗の方は最初の頃から、メディアの方は政治について
    書き始めた頃からでしょうか。)
    (ブログのランキングはブログを書き始めて数ヶ月から
    全くあがらなくなりましたのでそのまま放置してあります。)
    この3/15はK教団が私のブログに気づき、内容の日月神示に
    ついての拒否と初めに読まれた方々が私とK教団との繋がりが
    どうなのかというところで
    私にとって非常に緊迫感のある時でした。
    今までのブログに何度も書いていますが、私と私のブログは
    K教団、教祖、この政党と一切関係ありません。

    2010年5月幸福の芽のブログに「自由と繁栄」を書いていた時は
    日本に向かって書いていました。
    それ以前のnetでのK教団への助言の中に「自由」の概念も
    含まれていました。

    方向性が違う者を上として共に歩もうということは
    無理なことではないでしょうか。
    私にとって信仰は根本なる神を信じるというところから
    始まっています。
    神と共にいるということ以外に私が歩む道はありません。

    私がなぜK教団を止めたか。
    K教団が後でやめざる理由をつけたところでK教団に
    神の存在を感じなければまたそこにいる必要はありません。

    彼らは今神と神々から相当な怒りをかっています。
    私は主エルの悲しみを知っていた為、長く直接関わりの
    ないままK教団をそのまま「休む」状態にしていました。
    もう早くやめたかったのですが、実際主エルは私に
    やめてよいとは言われなかったのです。
    それは彼らの変化を望んでわずかでも望んでいたからだと
    思います。
    彼らは私のブログを自分たちのものとしようと
    長く画策しました。
    特に昨年の大震災後はProf.Fを使い実際の社会でも
    ひどかったと思います。
    この時に主エルも大きく方針を変えました。
    それで私のブログにK教団の名が書かれるようになりました。
    既に私は彼らと同じ信仰ではないこともはっきりしていました。
    神も神々も彼らから離れ、私が彼らと同一と思われることには
    耐え難いものがありました。
    震災後「休む」状態になっていることをK教団に
    利用されているならやめてしまわなかったらこの先私が
    おこなうことを全て無駄にしてしまう。だからやめました。

    神は私を否定した世界で私に法を降ろしません。

    彼らもProf.F様も私を完全に否定した状態でブログの法だけ
    取ろうとしました。実践は全く法と逆のことをしながらです。
    以前もこれからも私がいっさい自分の姿を現さず、
    法だけが降りることはありません。
    また私が法を説かなかったら他の誰かが法を降ろすことが
    できるか、例えばK教団では
    「私に法がおりるから自分たちに降りない」と長く言っていた人も
    いると思いますがそのようなことはありません。
    私が法を説かないとこの世はこのまま沈んでいくだけです。
    今この時代に私の代わりはいません。

    追加
    私はブログを書くまでになるまでもその後もそうとう努力を
    していると思います。
    もし、K教団の設定がここに出てくる彼女(M氏)が
    マイトレーヤで教祖の脇の女性が弥勒菩薩だというなら、
    笑えます。
    私には全く関係ありませんが、K教団教祖と教祖の脇の女性である
    弥勒菩薩が霊的に指導してマイトレーヤであるM氏にブログを
    書かせていたが、そのブログを私maitriが取ったなどという設定
    (私のworldには設定はありませんが)があったら
    それは彼らのworldの中だけのことです。
    私のブログの内容がある程度形になったら、自分たちで内容を
    まとめて教祖である世界教師の法を教団内のマイトレーヤであり、
    弥勒菩薩だという女性が説いた法だということにするという設定が
    あったらそういう悪知恵が働く団体であることが
    信じ難く非常に驚きです。
    もうひとつ、ブログを書いている本人(私)が気がついていないし
    否定しているが、彼女を霊的に指導しているのは
    K教団教祖であるという設定も笑えます。
    誰が考えるのでしょう、こんなこと。

    K教団でマイトレーヤを設定して公にし、現在説かれているだろうと
    思われる新自由主義の法を説くことが合っているように思います。

    私自身は2009年4月に「ひとり立つ」と決意し、
    それからK教団が選挙に参加することになったので、
    少し手助けしてあげようと思ったくらいで深く関わるつもりは
    あまりなかったのです。
    それは元々私がもっていた法が明らかにK教団と
    違っていたということがあったと思います。
    しかし、Masterの意思は私とまた別のところにありました。

    現在の結果として
    私はK教団に対し非常に強い嫌悪感を抱くことになりました。
    これは実際のK教団を確認するという意味で
    大きなものでもありました。

    既にメディアの方やnetの方々だけでなくたくさんの人が
    私を認識しています。
    Prof.Fのご希望ということもあるでしょう。
    幸福の芽のブログをオフィシャルに切り替えましょうか。

    私はMasterを否定し私の道を阻止し殺そうとするProf.Fを
    逆に殺し、KJ党をつぶしたいと思っています。

  • Master of Masterより蓮みろく(maitri)へ

    「 太陽のようになりなさい
      多くの人(仏性、神性)を照らし続ける太陽のように

         Master of Master  2011.8.13      」

    2012.12.2 太陽の光の中で
    Master of Masterと蓮みろく(maitri)の会話

    Master「  あなたは太陽になりたいか 」

    蓮「 いいえ、私は陽の光の中で溶けていたい 」


  • inovationを起こすときにはそのチームの中で合意形成が
    必要だと思います。
    合意形成し、皆が同じ方向に向かって力を出し合います。
    民主主義の国政ではマニフェストを目的にし
    合意形成として選挙があると思います。

    小さなことで大切なことを書きます。
    しかし、小さなこと、一個人から同じ原理で大きなものに
    繋がっていきます。

    ひとりの人が何らかの困難なことに出会います。
    最初はなぜ自分ばかりこんなことに出会うのかと運命を
    呪うこともあるでしょう。相手が悪い、環境が悪いと
    思うこともあるでしょう。
    しかし、やがて相手が悪いと攻めていても、
    自分がかわいそうだと思っていても自らの道は
    開かれていかないと気がつかなくてはなりません。
    その時、強く一歩を踏み出すことが大切です。
    この時に自分を変えたいと思うことがあると思います。
    ひとりの人が光を放つ瞬間です。
    この時は自分が自分に合意形成をして自己変革に
    取り組んでいきます。
    個人が人生の中で大きく成長していく大切な時です。

    またこの時、自らの力では困難な時、
    誰かの手助けが必要であることがあると思います。
    その時、手助けしてくれる人と当事者である本人の間で
    合意形成ができるかどうか、これが一番大切であると
    思っています。
    合意形成ができ、個人が変革へ向かうと考えています。
    個人が変革を必要としない、または希望しない場合は
    その道はなかなか開けず、困難なものであると思います。

    またこの合意形成を必要としないのは「助言」であり、
    一時のものであると思います。

    信仰においては神との契約は大きなものです。
    いつのまにか信仰対象が自身の中でずれてしまっていたり、
    また神とどのような誓願を立て、困難に立ち向かうかと
    いうことも大切です。

    追加で書きますが、
    私の信仰する神と神々は見せしめや生け贄は
    否定されています。
    今まで私のブログに登場してきている神と神々です。
    多々意見があると思いますが
    いつか書いていきたいと思います。

  • “National strategic concil”ではなくて
    “National strategic management concil”です。

    今の社会に戦略的に生きる、戦略的に行うという言葉を
    良く聞きますが、managementが大切です。

    10/20に「金融、財政、雇用政策の融合」を書きました。

    政治主導で金融、財政を動かすという極論ではなく、
    やはり専門分野がそれぞれ生きていることが
    大切ではないでしょうか。
    それぞれの主張があり、全体を良い方向に持っていくには
    どうしたらよいかということであると思います。
    今までは政治の力が弱かったということかもしれませんが、
    対する意見を耳にすることは大切です。

    managementと言えば8000万円のお金が用だったら、
    会社はどうなるでしょうか?
    そのお金でどういう計画を立てて投資としてどう使い、
    その結果どうなったか?
    その道筋が全く無く、明らかにされることもなく、
    結果が誰も責任が取れないようなものであるということが
    今の社会ではできなくなっています。
    成長期は良かったのかもしれません。

    財政困難な時代は国家に経営が大切であると思います。
    どういう分野でどういうものが必要か、どう使用したら
    よいかということから良い方向を見出すということで
    あると思います。
    昨年8/9にも書いています。

  • 幸福の芽 みろく(Happy sprout maitri)

    教団形態:現在の段階ではnet宗教
    教団名 :まだinspirationを頂いていません。

    信仰対象:Master of Master 太陽の神
          Sun god (God of the Sunと以前書いています)
              
          地球を内包している神、
          この愛の星地球の神である主エル、
          God who includes this earth
          God who is this planet of love
          The God name is Master EL

          この宇宙を創造した根本神
          The nature of the Creator
          Divine Origin

          そして
          Master of Masterの元に集いし世界の神々、指導霊
         

    基本教義:信仰の下に心の価値観に目覚め、心の向上を目指す。

    神が創造された法である因果の理法を基に
          神の法則である「調和と発展」を目指す。
          神の真理と「正しさと愛」に価値観を置き、
          日々の社会生活を送ることでユートピア社会を目指す。
         
    世界的価値観の創造:信仰を下に「自由と人権」を中心軸とし
               新世界秩序を形成する。


  • 改めて書きます。

    私の行動はK教団に入る前に根本神仏に立てた請願である
    「神のお役にたちます。」に基づくものです

    現在、K教団とK教団の教祖とも全く関係ありません。
    K教団教祖は私のブログの「主エル」ではありません。
    K教団教祖は私のブログの「地球の神」ではありません。
    元よりK教団教祖、及び教団幹部は私に
    指導などしていません。
    つまり、K教団関係者ではありません。
    本当にK教団とは何の関わりもありません。
    K教団教祖、及び教団幹部が私を指導していると
    言うならばそれは嘘です。
    一方的に絡んで来ていやがらせをして
    そして関係あるふりなどしないでください。

    何度も書いていますが私は霊存在である「神」を
    信仰しています。

    私のブログに書かれている「主エル」は3000年後
    お生まれになり、地球ユートピアを創ります。
    私はその時に主エルを支えます。

    現在はMaster of Master 太陽なる神から
    おもに指導を頂いています。

    私が二十数年前に請願を立てた神は
    「根本神仏」です。

    追伸
    教祖、教団幹部様
    私がブログに説いている法と内容を
    取らないでください。

  • 新型うつの話がここ最近取り上げられています。

    一時自分が悪いと言いながら、実は自分は悪くないと
    思っている。
    最終的には人や環境を悪いと思い、そう言う。
    自分が間違っていないと言う価値観と
    社会の常識とのギャップが埋められず現実的に
    適合できず、うつ状態になっていく。
    しかし、その環境を離れ、自分が正当化できる環境に
    居ると通常の生活を送ることができる。
    厳しいですが現時点ではこう考えます。
    環境が合わないのに非常に無理しているときも
    あるでしょうが自らがその環境から離れようとは
    しないのではないでしょうか。

    世の中には自分が悪いと思い自分を責め続ける人がいます。
    また、自分は悪くないと言い相手を責め続ける人がいます。
    自分のプライドと環境で認識される自分のギャップに
    耐え切れない人もいます。
    そして精神を病んでいく方がおられます。
    どれもバランスが悪く、正見に至れないと思います。

    また相手を攻撃して自分を正当化する人たちもいます。
    正見としては論外だと思います。
    競争原理の中でも正当な競争というものをご存知の方は
    多いでしょう。逆に言えば汚い手を使わないと
    いうことでもあると思います。

    私自身、今までに何度も私のせい、私が悪者にされて
    非常に辛い人生を送ってきました。
    既にブログに書いています。
    書こうと思っていた訳ではなく書かずには
    いられなかったということです。

    士会の男性は自分が悪く言われないために
    また自分が上にいるために私の言い方が悪いと言って
    それから私と口を聞かず、追い出しにかかりました。
    もうひとり士会の女性は自分の間違いを指摘されると
    もっと上の上司に泣きついて自分を弱いものとして
    現実には私と口をきかず、私に意地悪をしていきました。

    彼女は私が嘲笑う行為が良くないと言ったら私を避け続け、
    自分の見方になる上役の人に見出し、
    それから排他的にしか動きませんでした。

    稔は自分の自分のせいにならないように私を悪者にし
    自分が悪いと責められないように私を責め続けました。

    かなり以前のある男性は自分が壊した物を私がやったと
    私のせいにして私が悪い人間というレッテルを貼り
    周りの人を巻き込み十数年もいやがらせの電話を
    してきました。その会社は二十年以上たっても
    また私を悪者にするために動きました。

    レイプ事件のあの男も私が悪いと何度も
    刷り込んできました。その後も追われました。

    こんな私の因果の理法は自虐的な私、自分を
    責めすぎる私から脱して、
    正見に身を置いて行動していくことでした。
    そういう私の姿を知っているからこそ私は
    神の臨在を感じるのだと思います。

    弱かった私を強くしたのは「大切な人への愛」
    それから「信仰と他者への愛」だったと思います。

    そしてちょっと年を重ねたことかもしれません。