• 先日の2011.11.20は
    私にとって大切な記念日となりました。
    このことはまた後日書きます。

    昨日、netで「孤独」という文字を見つけて
    私の人生の中で大切にしていることを思い出しました。

    もう随分前、10年以上前でしょうか。
    私の恩師と言える方が私に「孤独」について
    お話しくださいました。

    その時、私がリーダーとして世に立たんとした時、
    まず、この方を説得する必要がありました。
    私はこの方を説得するために何を伝えるか、
    よくよく考えましたが、結局飾らず自分が
    思っていることをそのまま伝えようと思いました。

    その内容は
    「 私は「生老病死」と人の存在意義について
      長い間考えてきました。私はこのことで社会に
      良い影響を与えていきたい。」
    というものでした。
    説得というより私の言いたいことをストレートに
    伝えたというだけのことだったかもしれません。
    「生老病死」と「人の存在意義」はこの時より
    もう10年ほど前から私の思慧のテーマでした。

    この方は何かをわかってくださったようでした。

    そして私にお話しくださったのは
    「リーダーというものは孤独なものだ。
     その孤独に耐えられるかね。」

    私は深くうなずいたと思います。

    今このことを思い出すとこの言葉は
    私の未来への贈り物だったように思います。
    それから今までの間に
    自ら何度も思い出し、また悩む人に伝えてきました。

    これからリーダーになる方へ
    私がお聞きしたこの言葉を
    私からあなた方にお贈りしたいと思います。

    未来のリーダーへの贈り物

     リーダーは孤独に耐えなくてはならない。
     その孤独の中で責任と判断を繰り返す。
     その覚悟を持て。

  • ※もうひとつのブログが転載、追加しています。

    今取り上げられている「協定」に書いていきます。

    日本の関税撤廃される他、協定ですからルールが
    ありますが、この「協定」についてこのまま実行されると
    今まで民主主義国家に新自由主義をそのまま受け入れると
    いう形になりかねない。
    日本の繁栄を考え難い協定は東アジアでは受け入れ難いと
    いうことが考えられるのではないでしょうか。

    日本国内では一層の格差が進んでいくとも
    考えられると思います。

    また訴訟が多くなり、力のあるものが勝訴すると
    いう社会になっていくと思います。(先手必勝を含みます)
    これについては日本国内も東アジアも慣れていない中、
    進んでいくとそこにある価値観は「社会正義」ではなく、
    権力(経済力)に傾くということが考えられます。

    いつものことですが多くを書きたいと思っていません。

    私のもうひとつのブログの初めの頃、
    世界経済の不均衡について何度か書いていったと思います。

    これまで世界はグローバル化を進めてきて現在、世界経済の
    不均衡が起き、このまま進めるかどうかと
    いうところにあると思います。

    ひとつひとつの国が
    自由主義や民主主義や社会主義等で異なるとき、
    自由経済の中でもひとつひとつの国を守っていく保護策して
    「関税」があっても良いと思います。

    経済のみの自由ではなく、国家国民としては
    責任を持った自由があるのではないでしょうか。
    そういう形でのグローバル化というものが
    あるのではないでしょうか。

    この「協定」について経済圏として日本がこの協定と
    東アジア共同体とどちらを取るかという選択ではなく、
    より良いものを求めるのなら検討されている協定を
    もっと協議し、(違う協定でよいと思いますが)
    共に繁栄する道を選択することができるでしょうか。

    もし、この先、東アジアを経済圏としていきたいと
    考えるとやはり、関税はそれぞれの国の保護策として
    考えていったほうが経済圏を広めることができると
    考えていくことはできるのではないでしょうか。

    東アジアへ経済圏を広め、国々が繁栄できる道を
    探していくことが大切ではないでしょうか。

    東アジアは技術を求めます。
    第4次産業として「技術の輸出」を考えていく。
    日本はODAがあります。これについてはもう少し
    思慧をしていかないとならないと思いますので
    また後日にします。
    東アジアの興隆が非常に早い中、OECDについては
    もっと形を変えて考えていけるのではないかと思います。

    どちらにしても現在の米国や日本では
    国内生産のほうが経費がかかり、価格が高くなる。
    そういうことを考えても、
    国力を失わず、国家財政を守るための基盤が必要、
    内需を失うような中では、民主主義や自由主義の中で
    社会保障は成り立たない。

    民主主義は「生老病死」や「障がい」を自助努力の形で
    支えるということを考えられます。

    日本における国家財政を支える税金は
    国を守ること、国民を守るというものであり、
    日本の「和」の精神に通じるものが
    あるのではないでしょうか。

    国家財政の基盤に結びつかない自由経済、関税撤廃、投資は
    現時点で巨額な赤字を持つ日本では危険とも思います。

  •   2011.11.11

      Prayer for peace in the world.

     ” Master EL,

      Please help us out of the natural disasters.”

     ” Master EL,

      Please give a good future in the world.”

     ” Master EL,

      Please lead me and miracles.”

      2011.11.11 世界平和の祈り

     「 主エルよ、

       私たちを自然災害よりお救いください。」
     
     

     「 主エルよ、

       世界に良き未来をください。」

     「 主エルよ、

       私をお導きください。奇跡をください。」

  • 新自由主義というと市場原理主義と思います。
    市場の競合によって「モノ」や「サービス」などを
    より良いものにしていく。

    悪く言えば、弱肉強食の世界であり、
    勝ち負けの世界かもしれません。

    当たり前ですが社会は様々な人がいて成り立っています。

    様々な個性を持つたくさんの人はその人それぞれの
    最大限の能力がある程度限られていると思います。
    どんなに努力しても全ての人が
    世界経済のトップクラスの人間になることは
    困難だと思います。限られた人になるからです。

    資本家がいて、経営者がいて、現場で働く人がいて
    企業が成り立っています。
    同じ環境で同じくらいの能力がある人でも
    いろいろな年齢層の人がいます。
    家族がいます。
    この中でも様々な人が存在すると思います。

    こういう全ての人にいつも自分の周りの人と競い合い、
    自分を磨き、高め、勝つようにという世界観は
    良い世界観でしょうか。

    神仏はそういう世界のみを望まれているでしょうか。
    「モノ」や「お金」や「名声」を求めてのみ
    いくことを良しとされるでしょうか。

    神仏はそういう競い合うだけの社会ではなく、
    様々な人がいるからお互いその存在を認め合い、
    自分を高めながら、お互い愛し合いなさいと
    言われているのだと思います。

  • ※22:15追加しました。

    改革が必要であるとはっきり
    開示する必要があるのではないでしょうか。

    エーデル改革は痛みと辛さと共に
    おこなわれたと感じています。

    日本はこの時代、大きな改革を
    行わなかったと思います。

    今後の日本は
    社会保障の改革を行わなければならない。

    社会民主主義と新自由主義の挟間で
    日本はいったいどうしようと
    しているのでしょうか。

    「協定」が実施され、
    その後に改革が行われたとして
    やがて若い世代に一層の格差について
    虚無感、反発、そして反米意識が
    高まっていったとき
    日本はどう動いていくのでしょうか。

    破壊の道を見たくはないと思います。

  • この題名でブログを書くのは久しぶりです。
    なぜ、止まったのかを私はずっと気にしていました。

    この後、大震災が起きたからです。

    「以前地震の予知について」という題で
    大震災について神仕組みは幾重にも重なり
    一部でも表現することでその神仏の怒りの思いが
    減少するということがあると書きました。

    幸福の芽のブログを数日間もどっていただくと
    もっと紐解けるものがあります。
    社会的な問題は大きく関係がありました。
    その影響力はそれぞれ違いがあると思います。
    そのまま全て書くということはあえてしたくはありません。
    また、全くまだ触れていないものもありました。

    私のブログをよくよく読んでくださっていた方々は
    きっと気付いたはずです。
    この時に何か大きな力が働いたことを感じたはずです。

    しかし、感じ方は様々だったかもしれません。
    後になって日本の外交にとって不利だったのではないか
    と思ったかもしれません。

    後に私が思慧をしていったことですが、
    「神仏は日本という国が大きく押しつぶれていく力を
     大震災という形で現された」と思いました。
    あの時、検討していた数々の法案、案件をそのままに
    してはいけないのではないかと思います。
    もっと検討を重なることが必要であると思います。

    そのまま推し進めることは
    日本や世界にとってマイナスであるということにたどりつき、
    またそこへ戻っていったというところがあります。

     

  • 今、日本で関税のことが話題になっています。

    私のブログでは現代のグローバルスタンダードについて
    書いてきました。
    現代のグローバルスタンダード
    「 それぞれの国家がその国を護り、
      経済を守っていくことで
      ひとつひとつの国家が繁栄に導かれ、
      他国をも繁栄に導くことができ、
      それが世界の繁栄となり、
      豊かな地球を形成することになる。 」

    それぞれの国家がその国を護る、
    さまざまなことが考えられますが、
    その中のひとつとして「国民を守る」
    または「人権を守る」ということ。

    社会保障のことからみた
    現代のグローバルスタンダードとして
    国家国民を護るということから関税は障壁ではなく、
    必要なものであるのではないでしょうか。

    社会民主主義国家では関税が
    重要なものとなっています。

    経済と福祉、
    財政と社会保障を実現していくには
    これを全て障壁とするかどうか、

    自由と繁栄を目指していく。
    個人としての自由と社会としての責任と
    いうものがなくては社会保障は
    成り立ってはいかないのではないでしょうか。
    日本だけでなく、他国でも同じではないでしょうか。

    自国を守らず、また他国を守ることは
    できないのではないでしょうか。

    自国の国家財政が成り立たなくては
    成し得る福祉もまた非常に矮小化されたものに
    なっていくのではないでしょうか。

  • Prayer for peace in Thailand. 2011.10.26 

    ” Master EL,

     Please help them from a natural disaster
                in Thailand today.”

      Miroku shows God 48

    Master El say,

    ” I should have said
     it’s important to always polish your heart.”

    ” Master EL,

     God of heaven, God of the earth.

     We polish up our hearts.
     and we live together,
     we want to live in harmony cherish.

     Please govern the wrath of heaven and the earth.”

    For you in Thailand.

    ” Please awaken to your mission.”

    Master EL isn’t on location now.

    「 主エルよ、
      今、タイで起きている災害から
      彼らをお救いください。」

    みろく神示48

    主エルは言われます。

    「 私は常にあなた方の心を磨くことが
      大切であると言ってきたはずである。」

    「 主エルよ、
      天の神よ、地の神よ、
      
      私たちは心を磨き、共に生き、
      調和を大切に生きていきたいと思います。

      どうぞ、天と地の怒りをお鎮めください。」

      
    タイの方々へ

    「 どうぞ、あなたの使命に目覚めてください。」

    主エルは今、地上に降りていません。

  • インスピレーションを得るを3まで書いてきました。
    「心の作用」について書いていきます。

    社会に「知識」があります。
    教育があり、基礎的な「知識」を身につけます。
    科学的なものや歴史の中のもの、
    通常「知識」と呼ばれるものものがあります。

    「知識」には「良識」もあれば、そうでないものもあります。
    また「知識」を良き「知恵」として使用すれば、
    社会に良い影響を及ぼしますが、
    悪い「知恵」として使用すれば悪い社会を形成します。

    良し悪しはその人がどう考え、どういうイメージを描き、
    どういう未来を築きたいかということであると思います。

    主義主張で考えるなら○○主義と○○主義と
    その思想的な違いの中で同じ「知識」を
    使うことは通常のことです。以前も書きました。
    得た知識を「知恵」に変えるとき、
    ここに心情や環境や思想が関係します。
    大切なのは「心」です。

    「知識」を「知恵」に変えていくとき、
    大切なのは「心の作用」を知って
    公正な社会や幸福な社会を築こうとすることです。
    自分で、何かを成さんとするとき、
    本来自分が持っている基礎的な知識に
    不足している知識を身につける、
    また、必要な要素を入れることは大切なことです。
    今、現在の自分自身の知識や知恵が全てではありません。
    そこで自分の型を破る、限界を突破する力が
    必要になります。

    まず、そう考えていく心の力が大切です。
    他者の協力が大切ですが、その協力を得るためにも
    新しいものを創っていく力、知恵が必要です。

    また「知識」を「知恵」としていく過程で
    大切なのは「信仰」です。
    私自身、神仏を愛していますが、
    同時に非常に強い畏怖の心があります。

    私は神仏に試された時間が非常に長いと思います。
    今、こういうブログを書いている私を
    羨ましいと思う方がもしおられたら、
    それは簡単なものではありません。
    私自身の良いところだけを見ていることに過ぎません。

    ですからいくら「知識」をたくさん身につけても、
    「知恵」をたくさん身につけても、
    最後は神仏の心に適わないことは実現しないと
    いうことをよく知っています。

    「心」が大切なのです。
    その「心」に神仏への信仰があり、
    その「心」に他者への「愛」があり、
    その「心」に社会への貢献があるかということです。

    もちろん、このブログに書いてきてるように
    自分自身の自立は非常に大切です。
    自分の力で自分の道を歩いていることが大切です。
    自己確立、自己を拡張していく過程で
    自分のことや自分の組織のことばかりではなく、
    他者のことや社会のこと、公けの幸福というものも
    考えていかなくてはなりません。

    もし、自分自身のことしか考えず、
    inspirationを頂こうと思い、頂いたなら
    それは神仏からのものではない可能性が高いと思います。
    (その人の未来を含むため、全てではありません。)
    繁栄を生むが一時的なことになる可能性が高いでしょう。

    これは潜在意識も関係があります。
    自分はそう考えていると言葉で言って組み立てられても、
    心の中では実際違っていたり、
    潜在意識の中で違うために最終的な結論が
    変化してしまうということがあります。

    ここまで書いてきたのは
    今、私が懸念していること、
    私のブログの主義主張は新しいものであり、
    既存の新自由主義や共産主義や社会主義ではないが、
    このブログを読み、
    最終的にその人自身の思想や考えに戻ってしまい、
    結局最後は神仏の心にかなわないということが
    おきてくるのではないかということです。

    特に新自由主義や社会主義と違う、
    新しい考え方へ変えていける、changeできることが
    非常に大切と思います。

  • 今年1/5に「心の時代へのパラダイムシフト5」に
    このブログの副題
    「心の時代へのパラダイムシフト」について
    数年前に論文を書いたと書きました。

    2008年5月に書いたこの論文は
    社会のパラダイム転換が必要で
    心の時代にパラダイム転換すると書いています。
    論文の冒頭は世界経済でした。
    その論文の一部に当時書けなかった内容を追加して書きます。

    ***論文形式で書いていきます***

    世界先進国は、夜警国家による「市場の失敗」後、
    20世紀前半は国家は「統制」や「計画」の
    行政主導の体制で政府が福祉国家を確立していく。

    オイルショックの頃、1970年後半から世界の先進国は
    それまでの福祉国家の調整をしているが、
    日本はこの頃、福祉国家としてそのまま進んでいる。

    しかし、日本にはそれ以前に世界に発信する
    福祉理念が存在した。
    福祉分野では有名な
    糸賀一雄氏の「この子らを世の光に」である。

    20世紀末は「統制」や「計画」から
    また「小さい政府」が求められていく。

    そして21世紀、社会が国家財政、福祉等で
    パラダイム転換を求めるようになる、
    必要になってくるのである。

    高齢化が進み、少子高齢社会の中「共生」と
    いうことでもある。
    それは単に「共生」というものではなく、
    「心の時代へのパラダイムシフト」である。

    「モノ」ののみの価値観から離れ、
    心の大切さに価値を見出し、
    「何かができる」という心身の発達以外に
    心の価値が形成され、心の豊かさを求め、
    心の発達を目指す「心の時代にパラダイムシフト」する。

    それは経済が満たされているときにはかえって
    できないのではないか、
    むしろ今のような時代だからこそできるのではないか。

    *****

    再度書きますがこのブログはそのために
    書き始めたものです。

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