• 今年初めに「心の浄化」ということを書きました。

    1/7のブログに宗教的なものと社会一般的なものと
    両方の方法論と書きました。
    このうちの社会一般的なものとして
    「神道の心の浄化の方法論」について心を清める、
    清らかな心で生きるというものがあると思いますと
    書きました。

    私はもう長い間静かに祈りをあげる時にその前に
    どうしても手を洗いたくなります。
    祈りの前にまず手を清めたくなる、無条件に
    そうしたいと思うということがあります。

    神仏の前で祈る時にまず聖なる心、清々たる心に
    なるよう祈る前に合わせる手を清める。
    そして祈り「心を清める」このことは
    簡単なことではありません。
    自分の心は今現在清らかか、まず自分の心に
    問うてみることが大切です。
    そして引っ掛かりを取り除く努力を
    していくことが大切です。
    これ自体極めていくということはたいへんな努力が
    必要と思います。
    自分のことばかり考えている心では
    引っ掛かりがでてきます。
    和の心、執れのない心を作る、心を磨いていく、
    心を清めていくということになります。

    ひとりひとりの心は神仏がみておられています。
    この世界観が神仏と人との本来の姿なのです。

    この世に在ってもあの世に還っても
    心はそのまま存在します。
    その心に在る仏性(神性)は永遠の時の流れの中で
    神仏の光を放って向上し続けているのです。
    永遠の時を生き続けています。

    社会一般的な心の浄化で逆に言いますと
    神仏が無いと言い、
    仏性(神性)に反して生きていれば心が曇り、
    本来のその人の光がわからないほどに
    なってしまうということもあります。

    日本語のきたない言葉を使えば
    「ばれなきゃ何をしてもいい」ということで
    悪事を続ける。
    心は見えないからと
    「何を思ってもいい、考えてもいい」ということで
    心の発するところが全く違うところにあり
    表面だけ繕うということになると思います。
    また悪いことを思っても行っても
    相手のせいにして責任をとらない、
    全て相手のせいにすればいいそういう行動を
    するということがあると思います。

    そのような心は神仏の心に合わず心が曇り、
    「和」がくずれやがて周りの人も自分も
    苦しむことになるでしょう。

    心を清める、心の浄化についてもう一段
    宗教的な道を求めるという意味で
    「心の浄化の方法論2」を書きたいと思います。

    神仏と書いているのは神道と仏教の悟りの道と
    合っているところがあるという意味を含めています。

  •   Miroku shows God 53

    「 信仰とは何か、愛とは何か。
      
      目に見えないものを
    価値在るものとして信じること、
      
      そのどちらも数値で結果や評価では
      表すことができない。
      
      しかし人は信じ、愛し合うことを尊ぶ。

      あなた方はこの世の形式に 
      執われているに過ぎない。
      あるいはあなた方はこの世の価値に
      縛られているに過ぎない。
      
      何をもって成功と為すか。

      あなた方が価値があると見ているものは
      一瞬にしてその価値はいったい何であったかを
      問うことになる。

      この者の信仰は神と地上をつなぐパイプと
      なっているのだ。
      あなた方はそのような者を汚し亡き者とし、
      いったい何を求め、何を創ろうとするのか。

             Master of Mater       」
      

  • To you,believe in Master EL and trust in Maitri

    [ Prayer to Master EL,and Guiding Sprits ]

    Master EL,
    and Guiding Sprits,

    Please lead us and protect us
              for the future in the world.

    Please give us good inspiration.

    Please give us wisdom.

    I swear to believe in Master EL,
                   and refine my heart.

                        2012.5.5

    主エルを信仰し、私を信じてくださる方々へ

    全世界の未来のための祈り
    「 主エル、そして指導霊への祈り 」

    主エルよ、
    そして指導霊よ、

    世界の未来の為に私たちを導き、お守りください。

    私たちに良きインスピレーションをお授けください。

    私達に知恵をお授けください。

    私は主エルを信じ、心を磨いてまいります。

    以前神への祈り(Miroku shows God 21)を書いたとき、
    祈りはひとつと書いたと思いますが、
    ここにきて祈りの言葉をいただきました。

    どうぞ、世界の平和と幸福の為に活動されている
    リーダーの方々が守られ、導かれますように。

                    蓮みろく(Maitri)
                  英語苦手ですみません

  • 混沌とした時代にふと最初の写メを
    撮ったのは2009.4月でした。 
    最初に一人立つと決意した時でした。

    これは今年3月に撮ったものです。

    .

  • 【幸福の芽1】

    幸福の芽みろくⅡを作成しました。

    Ⅱは http://blog.goo.ne.jp/mai77337733/ です。

    今までお読みくださった方々ありがとうございます。
    今後共よろしくお願い致します。

    内容の全てにおいてK教団の教祖、また組織から
    霊的なinspirationを含め指示や指導によるものは
    ありません。、
    この方々がこのブログを取ろうとする為
    長く攻撃を受けています。

    このブログの文中に誤字脱字が多いと思いますが、
    長い間、net攻撃がひどく修正できていません。
    後にできるときに行いたいと思います。

    【幸福の芽2】

    *日記です*

    幸福の芽 happy sprout Ⅱを開始します。

    Ⅰは http://blog.goo.ne.jp/mi77337733/です。

    今まで読んでくださった方々ありがとうございます。
    今後ともよろしくお願い致します。

    Ⅱの開始の当たって再度書きます。

    私は日本のK教団の関係者ではありません。
    主エル(Master EL)におかれては
    ダブルスタンダードはありません。

  • 宇宙の鉱物は開発の価値があります。

    すでに昨年から動きがあると思います。
    inspirationは信仰と社会貢献の心で
    思恵を重ねてください。
    このエネルギーは
    「エネルギーを制するものは世界を制す」と
    いう心ではなかなか見つからないでしょう。
    まず、心から始める。

    太陽光発電、以前も書きましたが
    もっと小型化できると思います。
    そのためにコストがかかると言われますが、
    まだまだ開発の余地はあると思います。

    本日思恵をしていたのですが
    日本で言えば1件分ちょうど灯油500l以下くらいの
    容器の大きさの装置で既存のエネルギー源はなく、
    「化学」の力で発電装置何かできないでしょうか。
    キーワードは
    「化学」「発熱」「家庭用1件分」

    次世代エネルギーのもっとも大きいもの
    原子力発電について
    原子力発電の設備についてそれをできるだけ
    無駄にせず放射能がでないもの、
    これは大きなものとなると思います。

  •  *日記です*

    正しさとはどういうことか。

    20数年前苦しみの中で最初に
    繰り返し読んだのは聖書でした。
    心が留まったところに線を引きました。

    「右の頬を打たれたら、左の頬を向けよ」と
    いうところを繰り返し繰り返し読み、
    その言葉の奥にあるものを知りたいと
    思恵をしました。

    それから後、旧約聖書の「目には目を」と
    いう言葉の奥にあるものを知りたいと思いました。

    かなり、長い思恵をしていました。

    この言葉を単なる自他の問題ではなく、
    「教育」「時」「環境」というキーワードを
    加えていきます。

    そして仏教では因果の理法を加えます。

    いつか、続きを書いてみたいと思います。

  •   *日記です*

    実は・・・。
    今になり振り返ってもやはり共に歩むより
    離れて良かったと思います。

    霊的にみればそれは
    私を消し去らんとした物の同一の姿で
    7年くらい前からすでに
    始まっていることを知っていました。

    ロジックをたどれば考え方、やり方が
    「虚・実」にみえ、そうだからこそ、
    3年前の春、私はK教団を離れて
    一人立つという決意をしました。

    長い説得の後、一人立つと決意した後も
    なにも働きかけずにこのままということは
    避けたいと思い、道をふさぐなと言い、
    一度はなんとかしたいと行動もしました。
    彼らの選択肢はいくつもあったと思います。

    現象としての検証、
    あまりの残酷さにこの春、
    桜を見ながら考えていました。

    2009.4.5から3年、
    再び2012.4.18 我一人立つ。

  •   Prayer for peace 2012.4.11

     ” Master El,

      Please protect us in Japan and South Korea,
      and North Korea.

      Master El,

      Please lead us for Peace in the world. “

     千載一隅の機会

     貴方様は今この時
     千載一隅の機会が与えられています。

     ミャンマーのように開国を
     英断するということもできると思います。 

  • ※4/7diaryより転載しました。

      K教団様

    あなた方が私のことを認識した3年前から社会的に
    非常に大事な局面で毎回私の邪魔をし、
    阻害しているということがわからないのでしょうか。

    わかってやっていたら本当に○○そのものです。

    わからずにやっているとしたらあなた方の認識不足と
    精神世界の作用というものを
    何もご存知ないのではないかと思います。

    子供のしてはいけない悪い遊びの延長のようにも
    見えますがそれでは済まされません。

    私は静かに神仏のお役に立ちたいと思っていました。
    神仏からの要請がなければそうしていたかったと思います。

    神仕組みから見れば
    あなた方が法を曲げず真理を実践し愛に満ち
    他者を嘲ったり排撃せず、そして王宮を造ったりしなかったら
    私は神意にかなった私の希望のために生きていたと思います。
     
    逆に言えばあなた方が王宮の中で
    現在のような生き方をして何も変えようと思わなかったために
    対峙して私に神命がくだされたのです。
     

    私自身はあなた方と関係ありません。