経営学者 Mr.Drucker
6年前に亡くなられました。
私がMr.Druckerを知ったのは
それより1年以上前のようにも思います。
今は亡き 経営学者 Mr.Druckerに
私のブログにある”Makes two blades of grass”と
グローバルスタンダードを捧げます。
長い間の感謝を込めて。
Master ELは言われます。
「それが一番良いだろう。」
※今まではグローバルスタンダードだけでしたが、
今後は「現代のグローバルスタンダード」と
書かせていただきます。
経営学者 Mr.Drucker
6年前に亡くなられました。
私がMr.Druckerを知ったのは
それより1年以上前のようにも思います。
今は亡き 経営学者 Mr.Druckerに
私のブログにある”Makes two blades of grass”と
グローバルスタンダードを捧げます。
長い間の感謝を込めて。
Master ELは言われます。
「それが一番良いだろう。」
※今まではグローバルスタンダードだけでしたが、
今後は「現代のグローバルスタンダード」と
書かせていただきます。
※diaryから転載しました。
**日記です**
経営学者 Mr.Drucker と私について
書いていきます。
先日書いたとおり、私が知ったのは
6~7年前だったと思います。
とても惹かれたのは「strengh」の考え方でした。
それ以前は神の「光」と人の中の仏性、
人の中に「光」を見出すということについて
考えていました。
ある日、Mr.Drucker の「strengh」の考え方を
本で読み、人の中に「光」を見出すということと
経営学者 Mr.Drucker の「strengh」が
私の中で合致しました。
それから私は経営学者 Mr.Druckerのことを
常に自らの心に置くように考え、
「management」について考えるようになったのです。
日常あらゆるものにみることになったのです。
その為の努力をしました。
6~7年間そうして過ごしてきました。
5年くらい前でしょうか。
インターネットで簡単なnet conferenceに1~2年、
参加していました。
今年の震災前の時期は経営戦略会議のモデルを
実際この目で見たいと思っていました。
今でも経営学者 Mr.Druckerの本は
何冊か持っていますがあまり読んでいません。
しかし私自身、非常に多くの時間を
費やしてきているように思います。
今は365日の金言を手元に置いています。
“Makes two blades of grass” is” happy sprout”.
It is a Liberty and Prosperity.
Everyone have a believe in God.
People with assets have
the spirit of the fairness and mercy,affection.
And Workers and all people have the spirit of self-reliance
for prosperity.
It is important to be led to prosperity.
Miroku shows God 47
“ I finds pleasure many who come out to preach the Law.
Master of Master ”
「双葉」は「幸福の芽」です。
これは自由と繁栄のことです。
全ての人は神への信仰を持ちます。
持てる者は公正と慈悲、慈愛の心を持ちます。
働く者と全ての人(持たぬ者)は繁栄の為に
自立の心を持ちます。
これは繁栄に導かれる大切なことです。
みろく神示 47
「この法を説く者が多数出てくることが私の喜びである。
Master of Master 」
まだまだ書き足りません。
※6→7へ訂正しました。
昨日はあるところである経済学者の方のお話を
聞いていました。
お話の最後に「震災後、経済の新しい形」という言葉があり、
それから経済とコミュニティについて思慧をしていました。
昨夜はnetを見ていて日中の思慧からつながり、
今日は現代のコミュニティについて書いていきます。
この前に書いた「現代のコミュニティ5」が災害前だったので、
最初にこれを書こうと思ったときに思わず、涙が出てきました。
「経済の新しい形」と「コミュニティの新しい形」、
このブログは最初にコミュニティと災害のことを書いていますが、
災害が起きなくても、今書いていく現代のコミュニティの形に
変えていくことは可能だと思っていました。
しかし、今後は現実を捉えて書いていくことになります。
新しいことを書く訳ではないのですが、
日本のコミュニティの形と北欧のコミュニティの形は
違っていることが必要だと思っています。
モデルと日本の形ということになるのでしょうか。
その要素は「家族」です。
「大きな社会」の小さな単位は家族と思います。
日本で近年聞こえている「地域包括ケア」ということに
ついてもそうですが、北欧も日本も「個人」ということで
コミュニティケアを捉えているのではないでしょうか。
もう少し細かいところで日本は「個人」としてと
「家族」としてというところが混在していると
いうところではないでしょうか。
今、日本はコミュニティケアをどうしていくのでしょうか。
北欧と同じく「個人」を捉えるのでしょうか。
それとも家族制度から形が変化してきていますが
現在ある日本の家族単位を大切にするのでしょうか。
対価的なことではなく、単に心のことでもないのですが、
日本経済、世界経済、そして動向をみても
現実的におこなっていくとすると
日本はコミュニティの新しい形として、
家族を含めていくことが大切ではないでしょうか。
これは現在の日本で不可能なのではないかと
思っていることがありますが、重要なことなので
今、ここでひとつの提案として書いておきます。
少子高齢社会、世界の為にも書いておきます。
定年制(定年制があることが前提です)は現在より
1年でも2年、5年でも早くし、
その後に新たな雇用体制を整える。
そうすることで若い世代の雇用を進めることができ、
若い世代の経済の安定する。
定年退職後の第2の雇用を10~15年に長くする、
または雇用という形でなくてもよいと思います。
まだ提案という形です。
簡単なことではありません。
お休み中ですが。
幸福の芽は「二葉」です。
この題名でいくつか書きたいと思ったものがあります。
一番大切なものは「心」と「モノ」という価値観の変換と
思いますが、私のブログではまだまだ書き足りていません。
そのひとつについて「自由主義」と「社会主義」について
今、書いていきたいと思います。
私のブログの文章が短すぎるでしょうか。
あえてそうしている部分と時間制約の中で
一番大切なものだけを書いているということもあります。
それで良いのではないかとも思います。
世界はいろいろな意味合いを含みながら大きく動いてきています。
自由主義は新自由主義と書いたほうがよろしいのでしょうか。
新自由主義を進めていき、経済を発展させていくものと
現代の社会主義は経済を富ませながら社会全体の生活を考えていく。
今、書きたいのは米国と欧州についてですが、
どちらも過去、現在の中で国家国民の幸福(広義の福祉)として
その基盤に経済成長、発展が必要としています。
しかし、その中で欠点と言いますか、弊害ともいうものでしょうか。
そういうものが見えてきているところでもあると思います。
このブログに書いてきていますが欧州では「人権」と「自立」、
一つひとつの国は低迷の理由を他国に求めず、自助努力の姿が
望まれているように思います。
その中で他国が支援を考えていくことが非常に大切であると思います。
また、米国では国家財政の基盤を固めていくということが
非常に大切な時期になってきていると思います。
現在の日本、
大きな災害がありました。
日本の国家経営を考えていくと今、日本の増税は必要かどうか、
民主主義の日本はこれからは先も増税していき、
社会主義国家に向かっていくのか、
または民主主義の中で自由を大切にし、
経済成長の努力を惜しまずしていくのか、
ここで改めて道の選択を迫られていると思います。
大切なのは日本は日本の理想を持つこと。
同時に進めることは困難であると思います。
なぜ、この1年、2年が待てないかとも思います。
今日、また日本が悪天候に見舞われています
私は祈りをあげたいと思いました。
しかし、主エルは言われました。
「 祈らずにいなさい。 」
主エルは今回の悪天候について私に祈りを
お許しくださいません。
どうぞ、神仏への畏怖の心と共に
祈りをあげてください。
※大切な内容なのでdiaryから転載しました。
※8/30追加しました。
※8/31追加しました。
※9/11追加しました。
※9/15追加しました。
*日記です*
以前このブログに今までにひとつの宗教に入ったことが
あったと書いたと思います。その団体の方々へ。
その団体の方から「うちがなぜあなたを採らなかったかと
いうことを明らかにする」というinspirationが入ったので
こちらからの意見を書いておきます。
まず、誤解されているようなので書きますが、
私はあなた方の団体の職員になりたかった訳ではありません。
本を全く読んでない私でしたが、今のように世の役にたちたいと
思う私に気が付くかどうか、試してみたところはありますが。
ここまで私のブログを読まれたのならわかると思いますが
違いは大きいと思います。受け入れられますか?
世紀末の頃から私はあなた方に依らず、
自らの力で世の中に真理を残したいということを考えていました。
それはずっとそうですし、そのための努力をしてきました。
私は元々そちらの教祖に帰依していたとは
言い難いところがあります。
私はずっと前、覚醒したときに
霊存在であるMaster of Masterに請願をたてています。
「神の役にたちます」その頃から光はひとつです。
それはあなた方の教祖ではありません。
あなた方の団体に入る以前のことです。
また私は正教と思われる他の宗教的な場所に行っても
私はそちらの神々と会話することが可能です。
ですからMaster ELがその団体で
その時に光をおろしておられるのは感覚でわかりましたし、
必要に応じて会話をしていたので理解できました。
私にはここ数年、あなた方の団体が既に危険な状態と
いうinspirationが入ってきていました。
(もちろん、あなた方は否定するでしょうが)
それをなんとかしたいとアクションを起こしたことが
何度がありました。自覚がおありだと思います。
それをいやがらせとしかとれないのでは
どうしようもありません。
私は法を守ろうとしたがあなた方は法より
仲間を守ろうしたと理解しています。
(組織を守るためには仲間を守るのではなく、
間違いを訂正し、正しい道に導いていくことが
大切なのではないでしょうか)
私はあなた方の基本三法がMasterELから
降りてきているものと理解できます。
あなた方も他宗教の中に真理を見出すことが
できるでしょう。
法の中に真理がある(但し一方からの見方ですが)と
思うからこそ、Master of Masterからもうこれ以上は
継続は無理だと言われる度になんとかしたいと
思ったということです。
私のブログは私のものです。最初から今までずっと。
私の能力はその団体の教祖によるものではありません。
あなた方は私のブログとブログに含まれる法を
取らないでください。
なぜなら、あなた方は私と共に私の神を下に
しようとしているからです。
私のブログには現社会にまだ出ていない法が
いくつも含まれています。
私自身認識していますし、
有識者の方々も理解されていると思います。
正しい信仰を持ち、法を社会に役立てて
いただける方にお願いしたいとおもいます。
※追加1
もし指導と称し、私にさまざまな罪をきせて
ブログから出れないようにして
私のブログの指導や法を更に匿名性の高いものにし、
あなた方のものにしようとしていたということが
ありますか?
私の中の法ではこういう行為は○○の手口と
言われるものですが・・・。
そしてもし私がブログから出たら、
誹謗中傷してつぶすなどということをお考えなら
これも○○の手口と言われるものです。
結果はMaster ELの名のもとで
私はいつかブログから出ることになっています。
※追加2
私のことを何か批判しているのでしょうか。
細かいことはわかりませんが(聞かされませんので)。
その批判の言葉をそのままその団体の教祖と
その周りにいる方々にお返し致します。
私はそういうものを好みません。
そういう世界と言えばいいのでしょうか。
濡れ衣を着せないでください。
そういうところにMaster ELの大きな悲しみが
あります。
そういうことがなければ私が
こんな形で出る必要はなかったでしょう。
もう長い間、この団体と関係ありません。
(部外者です)
出されている本も読んでおりません。
このブログの最初から全てについては
この団体の教祖に拠るものではありません。
※追加3
この団体を乗っ取ろうとする力が働いていますが、
私とは関係ありません。
(霊的視点からみて全く別のものです。)
※少し書き足しました。
日本で先月末に豪雨があり、
私は神に祈りをあげていました。
豪雨の結果は浸水が多数でて他に被害もありました。
神は私の祈りを聞いておられました。
この時の災害についての祈りで
信仰ということと自分(自分たち)のみ良かれと
いう心について書き添えています。
私はとても真剣に書いています。
神は私の祈りに応じてくださいました。
長い時間ぎりぎりのところで抑えてくださっていました。
ぎりぎりのところで堤防を押さえる大きな意識が見え、
(大きな手というように考えてみてください)
そこからこぼれて入っていく水が私には辛かった。
この感覚は現地の人たちは理解できると思います。
水が引いても感謝の祈りをここに書くことは
あえてしませんでした。
以前より小さかったですが大きな被害があったからです。
今、書いておきます。
「 Master EL、
天の神よ、地の神よ、ありがとうございました。」
天変地異はなぜ起きるのかということを
書かなくてはならないと思います。
1999年、全世界に世紀末思想がありました。
その数年前にあるきっかけを元に
私がボロボロになるまで悪魔と言われるものと
精神世界で戦ったということがありました。
この時も私は神仏と共にいました。
一度はもうこれ以上私には困難と神に伝えた私です。
しかし、神はそれを許さなかった。
ところどころにブログに書いてきています。
現代は世紀末を通り過ぎましたが決して神仏が
この世の中を良しとはしていません。
世紀末以前と後と何か世の中が変わったでしょうか。
神仏の作られた世界を否定し、物質的なものにとらわれ、
信仰が無い、または信仰があっても唯物論の中にある、
または神仏の心に合わない宗教がある、争いがある。
この世もあの世も神が創られた世界です。
それを否定し、何にも感謝することもなく生きている。
自分(自分たち)さえ良ければ良いという心で生きている。
調和ではなく破壊の方向へ向かっていく。
現代はそういう神仏の心に合っていない世の中なのです。
世界どこでも天変地異が起きてもなんの不思議もない、
そういう時代です。
大きな災害には神仏の意思が伴っています。
それが今年の日本の大震災のように根本神仏からくる
地球規模に影響のあるものもあり、
ひとつの国や地域のものもあります。
今、日本の悪天候についてどうなのかと言われますと
神仏の心に合わない力が働いている、
進む道が違うという警告と書いておきます。
私は部外者ではありません。現に日本に住んでいます。
このような天変地異が多発している時ですが
神仏からこの世の価値観の転換を求められている。
私たちにとって最大の機会は正しい信仰を持ち、
神仏と共に生きようと真に心より思えたならば
その人の心は満たされ、
そして神は何かしら答えられるということです。
そういう人が増え、リーダーが増えていくことで
世の中が明るくなっていきます。
私はあなた方の心の光を見つけたい。
Prayer to Master EL in U.S.A 2011.8.27
” Master EL,
Please protect them from bad weather
in U.S.A. today. “
” Master EL,
God of heaven, God of the earth,
We live together,
we want to live in harmony chrish.
Please govern the wrath of heaven and the earth.”
For you
” Please awaken to your mission. “
※英語違っていましたら修正お願いします。
先日、私にinspirationを頂きました。
「 太陽のようになりなさい
Master of Master
2011.8.13 」
私にとって太陽はMaster Elであり、
実はMaster of Masterでもあります。
(説明が難しいのでここではしません)
「太陽のようになる」とはどんなことか。
その意味は私にとっては他の人々の仏性に
光を当てるということです。
太陽についてはまだ書いている途中である
The Laws of Universeの中にも
宇宙の中の太陽ということで別な意味合いで
書かれているところがあります。
それから
しばらく書いていませんでしたが
私のブログの中の日月でありみろく神示です。
「 日と月はふたつでひとつにならなくてはならなかった。
法を行じ、ふたつがひとつになれば
苦しむことはなかった。
しかし、ひとつにならなかったからみろく神示が
行われることになった。
2010.1.1 」
以前もブログに書いたと思いますが
これ以前に私が月というイメージはありませんでした。
今は様々な感触があります。
2010.1.1のものですが、この文章を読むとわかるとおり、
過去形で書かれているのです。
この時にすでに結論がひとつ出ているということです。
日はひとつにはならなかったが
月はMasterの声を聞いているということになります。