• 私がブログを書くことで
    net上で悪質な邪魔をする人たちがいます。
    それ以上に精神世界でもかなりの邪魔をされています。

    念で縛りを入れたり、精神を破壊しようとしたり、
    思考をさせないようにする力です。

    これは偉大な霊能力でしょうか???
    単に人に恐怖を与える悪質なものです。
    神仏からのものではありません。
    本当に普通ではいられなくなる人もいるでしょう。
     誠の心

    通常の思考をするのはかなりの力が必要であり、
    私もこのような状態は既に長く続いており、
    精神世界では非常に大きな戦いを
    私自身続けています。

    私の思考の邪魔をしないでください。

    そしてすみません。
    私の返事を待っていらっしゃる方々、
    他にも要因はありますが
    今すぐには難しいと思います。

  • *日記です*

    今日、ふと見上げると太陽が輝いていたので
    久しぶりに写メを撮りました。

     写メの題名 「至・誠」の心

        Miroku shows God 50

        至・誠の心

    「 真理を探求し続けた心に罪はあったか。

      余念無くひたすらに神の理を求め続けたことは
      また偉大なる法に繋がっていったのではないか。

      魂は永遠である。

               Master of Master     
                 2011.12.14      」

  • ※日にちを訂正しました。

    *日記です*

    私はある時から
    自分の利益の為に、自分たちの利益の為に、
    また愉快犯であったり、
    そういう人たちに出会い
    私は深い悲しみの中で悲しみ以外の
    一切の感情を表出することがなくなった。

    その中で普通に暮らすには
    どうしたらいいんだろうか。
    これがうれしいってことなら
    どんな風に振舞ったらいいんだろう。
    楽しいってどういうことだったか。
    楽しいってどう表現すればよいのだろうか。

    どん底にいながら
    それでも立ち上がる「時」があり、
    支える人がいて下さり、前に進もうとする。
    しかしその後も尋常ではない私の人生の中で
    何度も何度も私の精神が
    深い悲しみのどん底へ落ちていった。

    最初に私の全ての時間が止まった時に
    そんな時に見ていた植物の小さな芽が
    私は私の時間を止めようとしているのに
    毎日少しづつ少しづつ成長していく。
    そんな姿を見て
    時間はただ流れているのではない、
    時間が流れるにしたがって植物は成長していく。
    世の中に時間の流れと共に
    成長しようとする力がある。
    そんなことに気がついてから
    また私も前向きに生きなくてはならないと思った。
    そして今、こうしている自分がいる。
    Master ELがおられると毎日感じながら・・・。
             (幸福の芽 2009.12.10)

    「幸福の芽 happy sprout」は
    私の人生そのものなのです。

    私が尋常ではない人生の中で様々な困難の中で
    信仰を持ち、深い悲しみを握りしめながら
    積極的に人を愛し、
    そしてその人を本当に愛するということは
    どういうことなのか考え続けました。
    その為に様々なところで様々なことを学び続けました。

    その過程が「幸福の芽 happy sprout」なのです。

    「 愛しいみろくよ

        私があなたを愛している

            Master of Master
              2011.12.10  」 

    「 Master EL

       愛しています 
     
                   蓮 」

  •  主エル
     
    私が幸福の芽のブログに書いてきた「仏さま」
     Maitri diaryに書いてきた「神」であり、
     「 Master EL 」

     ” God who includes this earth.

    God who is this planet of love.”

     私を導いている主エルは
     「主エル」であり、その前にも後にも
     なにも付きません。
     主エルに対し、
     私には畏怖の想いがあり、
     主エルは愛の方です。
     

     私は今「Master EL 」と共にあります。
     私は今「Master EL 」の世界観の中に
     おられる神々と共にあります。

                 2011.11.20

      
     愛ゆえに正しさを求めるのです。

     愛ゆえに厳しいのです。

     なぜ、正しさを求めるか。

     なぜ、厳しいか。

     それは全てのものが
     「調和」と「発展」を目指し、
     共に生きていくためです。

    Miroku shows God 49

     「 この宇宙にある真理を
       ねじ曲げることを
       許すことはない 
      

        Master of Master

             2011.12.4 」

     3000年後にお生まれになる
     「 Master EL 」は
     以前も書きましたが
     最近は主エルに重なることがほとんどであり、
     また私とお話になるときは
     「人格神」と話をしている感触に
     近いものがあります。
     
     

  • 先日の2011.11.20は
    私にとって大切な記念日となりました。
    このことはまた後日書きます。

    昨日、netで「孤独」という文字を見つけて
    私の人生の中で大切にしていることを思い出しました。

    もう随分前、10年以上前でしょうか。
    私の恩師と言える方が私に「孤独」について
    お話しくださいました。

    その時、私がリーダーとして世に立たんとした時、
    まず、この方を説得する必要がありました。
    私はこの方を説得するために何を伝えるか、
    よくよく考えましたが、結局飾らず自分が
    思っていることをそのまま伝えようと思いました。

    その内容は
    「 私は「生老病死」と人の存在意義について
      長い間考えてきました。私はこのことで社会に
      良い影響を与えていきたい。」
    というものでした。
    説得というより私の言いたいことをストレートに
    伝えたというだけのことだったかもしれません。
    「生老病死」と「人の存在意義」はこの時より
    もう10年ほど前から私の思慧のテーマでした。

    この方は何かをわかってくださったようでした。

    そして私にお話しくださったのは
    「リーダーというものは孤独なものだ。
     その孤独に耐えられるかね。」

    私は深くうなずいたと思います。

    今このことを思い出すとこの言葉は
    私の未来への贈り物だったように思います。
    それから今までの間に
    自ら何度も思い出し、また悩む人に伝えてきました。

    これからリーダーになる方へ
    私がお聞きしたこの言葉を
    私からあなた方にお贈りしたいと思います。

    未来のリーダーへの贈り物

     リーダーは孤独に耐えなくてはならない。
     その孤独の中で責任と判断を繰り返す。
     その覚悟を持て。

  • ※もうひとつのブログが転載、追加しています。

    今取り上げられている「協定」に書いていきます。

    日本の関税撤廃される他、協定ですからルールが
    ありますが、この「協定」についてこのまま実行されると
    今まで民主主義国家に新自由主義をそのまま受け入れると
    いう形になりかねない。
    日本の繁栄を考え難い協定は東アジアでは受け入れ難いと
    いうことが考えられるのではないでしょうか。

    日本国内では一層の格差が進んでいくとも
    考えられると思います。

    また訴訟が多くなり、力のあるものが勝訴すると
    いう社会になっていくと思います。(先手必勝を含みます)
    これについては日本国内も東アジアも慣れていない中、
    進んでいくとそこにある価値観は「社会正義」ではなく、
    権力(経済力)に傾くということが考えられます。

    いつものことですが多くを書きたいと思っていません。

    私のもうひとつのブログの初めの頃、
    世界経済の不均衡について何度か書いていったと思います。

    これまで世界はグローバル化を進めてきて現在、世界経済の
    不均衡が起き、このまま進めるかどうかと
    いうところにあると思います。

    ひとつひとつの国が
    自由主義や民主主義や社会主義等で異なるとき、
    自由経済の中でもひとつひとつの国を守っていく保護策して
    「関税」があっても良いと思います。

    経済のみの自由ではなく、国家国民としては
    責任を持った自由があるのではないでしょうか。
    そういう形でのグローバル化というものが
    あるのではないでしょうか。

    この「協定」について経済圏として日本がこの協定と
    東アジア共同体とどちらを取るかという選択ではなく、
    より良いものを求めるのなら検討されている協定を
    もっと協議し、(違う協定でよいと思いますが)
    共に繁栄する道を選択することができるでしょうか。

    もし、この先、東アジアを経済圏としていきたいと
    考えるとやはり、関税はそれぞれの国の保護策として
    考えていったほうが経済圏を広めることができると
    考えていくことはできるのではないでしょうか。

    東アジアへ経済圏を広め、国々が繁栄できる道を
    探していくことが大切ではないでしょうか。

    東アジアは技術を求めます。
    第4次産業として「技術の輸出」を考えていく。
    日本はODAがあります。これについてはもう少し
    思慧をしていかないとならないと思いますので
    また後日にします。
    東アジアの興隆が非常に早い中、OECDについては
    もっと形を変えて考えていけるのではないかと思います。

    どちらにしても現在の米国や日本では
    国内生産のほうが経費がかかり、価格が高くなる。
    そういうことを考えても、
    国力を失わず、国家財政を守るための基盤が必要、
    内需を失うような中では、民主主義や自由主義の中で
    社会保障は成り立たない。

    民主主義は「生老病死」や「障がい」を自助努力の形で
    支えるということを考えられます。

    日本における国家財政を支える税金は
    国を守ること、国民を守るというものであり、
    日本の「和」の精神に通じるものが
    あるのではないでしょうか。

    国家財政の基盤に結びつかない自由経済、関税撤廃、投資は
    現時点で巨額な赤字を持つ日本では危険とも思います。

  •   2011.11.11

      Prayer for peace in the world.

     ” Master EL,

      Please help us out of the natural disasters.”

     ” Master EL,

      Please give a good future in the world.”

     ” Master EL,

      Please lead me and miracles.”

      2011.11.11 世界平和の祈り

     「 主エルよ、

       私たちを自然災害よりお救いください。」
     
     

     「 主エルよ、

       世界に良き未来をください。」

     「 主エルよ、

       私をお導きください。奇跡をください。」

  • 新自由主義というと市場原理主義と思います。
    市場の競合によって「モノ」や「サービス」などを
    より良いものにしていく。

    悪く言えば、弱肉強食の世界であり、
    勝ち負けの世界かもしれません。

    当たり前ですが社会は様々な人がいて成り立っています。

    様々な個性を持つたくさんの人はその人それぞれの
    最大限の能力がある程度限られていると思います。
    どんなに努力しても全ての人が
    世界経済のトップクラスの人間になることは
    困難だと思います。限られた人になるからです。

    資本家がいて、経営者がいて、現場で働く人がいて
    企業が成り立っています。
    同じ環境で同じくらいの能力がある人でも
    いろいろな年齢層の人がいます。
    家族がいます。
    この中でも様々な人が存在すると思います。

    こういう全ての人にいつも自分の周りの人と競い合い、
    自分を磨き、高め、勝つようにという世界観は
    良い世界観でしょうか。

    神仏はそういう世界のみを望まれているでしょうか。
    「モノ」や「お金」や「名声」を求めてのみ
    いくことを良しとされるでしょうか。

    神仏はそういう競い合うだけの社会ではなく、
    様々な人がいるからお互いその存在を認め合い、
    自分を高めながら、お互い愛し合いなさいと
    言われているのだと思います。

  • ※22:15追加しました。

    改革が必要であるとはっきり
    開示する必要があるのではないでしょうか。

    エーデル改革は痛みと辛さと共に
    おこなわれたと感じています。

    日本はこの時代、大きな改革を
    行わなかったと思います。

    今後の日本は
    社会保障の改革を行わなければならない。

    社会民主主義と新自由主義の挟間で
    日本はいったいどうしようと
    しているのでしょうか。

    「協定」が実施され、
    その後に改革が行われたとして
    やがて若い世代に一層の格差について
    虚無感、反発、そして反米意識が
    高まっていったとき
    日本はどう動いていくのでしょうか。

    破壊の道を見たくはないと思います。

  • この題名でブログを書くのは久しぶりです。
    なぜ、止まったのかを私はずっと気にしていました。

    この後、大震災が起きたからです。

    「以前地震の予知について」という題で
    大震災について神仕組みは幾重にも重なり
    一部でも表現することでその神仏の怒りの思いが
    減少するということがあると書きました。

    幸福の芽のブログを数日間もどっていただくと
    もっと紐解けるものがあります。
    社会的な問題は大きく関係がありました。
    その影響力はそれぞれ違いがあると思います。
    そのまま全て書くということはあえてしたくはありません。
    また、全くまだ触れていないものもありました。

    私のブログをよくよく読んでくださっていた方々は
    きっと気付いたはずです。
    この時に何か大きな力が働いたことを感じたはずです。

    しかし、感じ方は様々だったかもしれません。
    後になって日本の外交にとって不利だったのではないか
    と思ったかもしれません。

    後に私が思慧をしていったことですが、
    「神仏は日本という国が大きく押しつぶれていく力を
     大震災という形で現された」と思いました。
    あの時、検討していた数々の法案、案件をそのままに
    してはいけないのではないかと思います。
    もっと検討を重なることが必要であると思います。

    そのまま推し進めることは
    日本や世界にとってマイナスであるということにたどりつき、
    またそこへ戻っていったというところがあります。