心を科学するところから企業、福祉の話になった。
日本の企業の話を少し書いてみたい。
ひとつは「日本の企業の精神」
もうひとつは「企業の組織力」
両方ともその道のプロの方々がたくさんおられる。
私が今、思っていることを書いてみたい。
しかし・・・
数日後にします。
ひふみ神示(日月神示)の大奥山
心を科学するところから企業、福祉の話になった。
日本の企業の話を少し書いてみたい。
ひとつは「日本の企業の精神」
もうひとつは「企業の組織力」
両方ともその道のプロの方々がたくさんおられる。
私が今、思っていることを書いてみたい。
しかし・・・
数日後にします。
心を科学する。
心の過去、現在を見つめることで未来をみていく。
日本には中小企業だが優良企業がある。
小さな町工場に世界に誇る技術がある。
世界に誇る大企業がある。
どれも未来への理想をかけた経営者の努力、技術の努力、企業人や仕事をしている人の精神「心」が作り出している日本の誇りである。
大企業で仕事をしている人はそうでない人からみてそういうところで仕事をしていていいなと羨望の目でみるだろうか。
たぶん普通に考えればそういう心がないということはないと思う。
以前、公務員についてはこのブログで書いたことがあった。
公務員でも一部の命がけの人ではなく、多くの公務員は国民にとって給料がよくて安定した仕事として羨望の目でみることはあるだろうか。
多くの人が公務員になりたいという国はまた夢のない国でもある。
日本の企業は様々な発展を多く含む。
資本主義では企業は多くの雇用を生む。
それによって社会に多くの経済の循環ができ、繁栄に導かれていく。
現在でも日本の年金制度や社会保障制度は企業や会社に支えられている。
そういうことを大切にしなければ国家は成り立たない。
民主主義国家において「福祉」を行うことは企業を大切にすることでもある。
そして軍事力ににあう力の一部は企業にもあるはずである。
日本の技術、企業の力は今まで日本を守る力の一部になってきた。
国家は企業を守らなければ日本を国民を守ることはできない。
そういう大切なことを知らないのは日本という国なのかもしれない。
しかし、知らないでよいことなのか。
米国の企業に対するクレームはむしろ、警告と感じ国交を改善することが先決である。
この警告を警告としなければ、日本は困難極めることも考えられる。
「心」って言われてどう考えるだろうか。
心が大切だと言えば自分の気持ちを大切にすること、人を傷つけないこと、人の心を大切にすること。
このブログには心が大切だと何度も書いてきた。
「心」には「力」がある。
いくら自らの口で言葉で「夢をかなえたい」と言っている人がいてもその心中で「どうせ、できないだろう」と思っている人は現実としてその夢はかなうことはない。「心」に力がない。
逆に「思う」ということについての「心」の力を使い、自己実現のための希望を強く思うことで道を開いていく人もいる。
「心の力」と「心の作用」だ。
しかし、人生の中で心で自己実現の希望をもって努力していってもどこかで人の力ではこれ以上は進めない時があったり、あるとき予想もしないような壁にぶつかってしまったり、大切なものをなくしてしまったり、体を壊してしまい、自分の思うようにいかないことにぶつかる。
自己実現の成功はひと時のことになるかもしれない。
世の中の成功者は成功が永遠に続かないことを知っている。
だから人に気づかれないところで努力していることも多い。
「心の価値」は「心の尊さ」、それは仏性につながり、仏さまへの信仰につながっていくものだと思う。
仏さまは「愛」である。
「愛」は人と人を結びつけ、調和や発展を生んでいく。
そんな「心」を持つ人は長く成功していくものだと思う。
「心」の力はまた多くのものを守っていくこともできる。
多くの人を愛し、守るということを大切にしていくこと。
民主主義国家では、愛する人を守る、家庭を守る、地域を守る、職場を守る、または企業を守る、国家を守る。
そういう「愛」の心が調和の中での発展を生んでいく。
そして国家は企業を守り、職場を守り、地域を守り、家庭を守り、個人を守ることをしなくてはならない。
仏さまの「愛」
全く反対に「排他的な価値観、排他的な心は仏さまの愛に遠く、また多くの争いをも生んでいくことになる。
「排他的なところに魔が入る」ということばがある。
小さなことろにも大きなところにも隙があり、排他的なものに亀裂がはいり、やがて大きな苦しみを生んでしまうことがあることを知っていなくてはならない。
「神」への信仰とは「民主主義」の中でどうとらえられるのだろうか。
「神」は人々を裁き、制約し、自由を奪うものだろうか。
そうではない、「神」は人に自由を与えた。
人が自由の中でより善きものとなるとき、自らも幸福になり、地球の発展、宇宙の発展につながる。
この地球の神は言われる。
Miroku shows the god 12
『 人よ、あなたがたは正しく生きなさい
そして自らがより善くなることを目指しなさい
そしてお互い愛し合いなさい
そのために祈りを大切にしなさい 』
今、日本の沖縄普天間基地問題とウクライナ大統領選挙で世界の均衡が大きく壊れてきていることに、気がついているだろうか。
EUもゆれている。
「社会主義」に「神」は存在するのだろうか。
「民主主義」に「神」は存在するのだろうか。
世の中にお金で解決できるものは多い、エネルギーもなければ生活にひびく。
しかし、世の中は財力と権力があれば、全てが成り立つのだろうか。
そのように見えることがあるかもしれない。
しかし、本当にそうだろうか。
財力、権力でない、大切な何かを自らの手でつかむことが必要なのだ。
この大切なものをつかまずに発展は望めない。
過去の歴史も物語る。
自由を与えらた人間はより善きものとなり、お互い愛し合い、そのために祈り、「天の意」とともにある幸福感を感じることそれが大切なのだと思う。
心を科学する。
時間論として心は過去世、現世、来世の三世を通じ、現世の過去、現在、未来をよむ。
そして空間論として現在ただ今の心を捉えてある程度法則性を見出すことができる。
みろく神示 11
『 沖縄から遠く離れた日本人の多くは
普天間基地問題に無関心にも思える。
この民主主義の日本においてこの時を知らず、
後々の後悔は大きいことだろう。
この時期に米国は日本の代表として総理ではなく、
幹事長の訪問を希望した事実を大きく捉える声はないのか。
なぜ、こんなにも他国の軍事力に頼り、平和の中で
慢心してしまった国民になってしまったのか。
幹事長の米国訪問の意味は大きい。
日本の代表としてこの春、彼を米国に行かせ、
彼の声が日本の最大権力者の声として米国に捉えられて
それで日本人は後悔はしないのか。
日本が幹事長を中心に中国に傾倒し、
中国の配下になることなど、戦い慣れた米国には
たやすくわかることなのだ。
日本人よ、慢心するなかれ。
現在、米国の軍事力によって戦いをせず、
当たり前に平和を享受している日本人よ
もう目を覚まさなくてはならないのではないか。
米国は日本が中国の配下になるくらいなら
別の手段を選ぶだろう。 』
日本はあまりに米国に甘えていたのかもしれない。
今、真剣に日本の未来を見つめなくては取り返しのつかないことになるのだろう。
それにはひとりひとりが日本の国を大切に思い、真に独立した国家としての成長をとげなくてはならいのではないかと思う。
普天間基地移設問題は日本、世界にとってたいへん大きな意味をもつ
仏さまは言われる。
みろく神示 10
『 今、日本に、沖縄に軍事力は必要である
人間のもっとも小さい家庭でさえ、
家族を外敵から守ろうと思わない者がいるだろうか。
世の中に全ての苦しみがなくなるとき
時間は止まり、一切の自由が許されないこと知ることだ
そこには喜びもない
多くの人は平和な世界を望むだろう
しかし、遠くを見すぎてはいけない
今、何が必要か考えなくてはいけない
今、沖縄に基地があることは
日本にとって、世界にとって重要である
それは過去、侵略の危機に何度もたった
沖縄に住む人をも守るものでもあるのだ
もし沖縄から軍事力が分散されるようなことが
あったら日本の軍事力を補てんせよ 』
社会主義国家の衰退、退廃をみてきた世界は日本が社会主義国になることは全世界にとって後退になり、そして破壊の道に向かうことは想像に難くないものだ。
私も軍事力を失い、やがて中国配下になって失うものの大きさに沖縄の人々が涙もながせぬほどの苦しみ見たくない。
真にそう思う。
普天間問題についてインスピレーションが降りた。
名護市長選について仏さまは言われる。
みろく神示 9
『 選挙に公正を問うとするなら
市長選の結果がでて移転問題を
ゼロベースに戻すなら
市長選もゼロベースに戻す。
そういうことではないか。 』
選挙の前後で政府の言うことが異なる場合、その民意も異なるのではないかと考えられる。
「大局観」ということばがある。
政治家なら「大局からものをみる目をもつ」ということは当たり前に考えていることだと思う。
それは政治家として、国を任され動かす者として、プロとして、日本という国の未来を栄えさせるための視点をもつという意味でなくてはならない重要なものである。
だからここには私心があってはならない。
大局、小局はどちらの視点も大切だが
その価値観は大局としての善、小局としての善である。
民意はある、しかし大局において未来に向かって国民を幸福に導くのが政治家の役目である。
選択を迫られたとき、何かを捨てなくてはならないことがある。
その何かを十分に精査し、そして一部の人だけでなく、国民全体の民意がどういうものを求めているか
そういう視点も大切なのだ。
小局を知って大局を収めることが大切。
そのために私心を去らねばならない。
心を科学する。
現世を過去、現在、未来からみる。
日本に過去、戦争の反省があるなら、なぜこれから戦争を起こさない努力をしないか。
なぜ、今の日本のリーダーたちはそのことから目をそむけ、自分たちが国を動かすことに夢中になるか。
なぜ、自らの国が軍事で小国であるのに世界の大きさに目を向けようとしないか。
自国を守るは自国の責任である。
あとで取り戻すから後回しにして進めばいいと言っているうちに取り戻すことはできなくなるだろうことに気がつかなくてはならない。
今や日本は経済では世界に誇るものがあるだろう。
経済の発展した国にはそれ自体に責任が伴う。
目の前の問題をすりかえてはならない。
「選ばれた非凡人は、新たな世の中の成長のためなら、社会道徳を踏み外す権利を持つ」ということはないのだ。
仏さまは言われる。
『 日本のリーダーよ 心に正義を持て 』
心を科学する。
日本に軍事力がないため、今普天間基地移設問題が日本という国が自由主義、民主主義のアメリカを選ぶのか、社会主義である中国を選ぶのかそういう選択が含まれているということになる。
外国人参政権がそういう選択を含むことになる。
そうブログに書いた。
普天間基地が国外に移設し、そして日本が中国寄りになったとき、沖縄は中国の基地となる可能性は大きい。
外国人参政権が進めば日本が大切にしていたものを他国の手に渡すことになる。
中国は日本の経済、科学技術を得たいと思う。
今、日本の誇りとしているものは中国の手に渡る。
そのとき日本のものづくりも中国では国家のものとされる。
あらゆるものが共有され、いづれは中国と平等の価値観になる。
それによって中国は富み、日本は衰退する。
長い歴史の中で大和ことばと共に守られてきたものは崩壊する。
やがて社会主義国として民主主義国と対等になるためにまた社会主義を広めるために日本で軍事力を強化する働きがでてくる。
工業や造船業が社会主義国を守るために使用される。
日本人の多くはそれを望むだろうか。
今、日本は無関心ではいけない、選択を間違えてはいけない。
日本は民主主義の政策の中、防衛のために日本の工業を使用することが日本を守ることになるのではないか。