• 仏教のことばに「一切衆生悉有仏性」というものがある。
    このことばの意味は全てのものには仏さまの性質が宿っているというもの。

    このことばの意味は深い。

    仏性とは何かを考えたら、仏さまはどういうものかわかることになる。
    仏性は仏さまの時代の仏さまの性質ではない。
    仏性とは神仏とは何かというものにつながっている。

    仏性は神仏の性質なら、社会でいったら普遍的なものを持ちながらその時代、時代にあった正義かもしれない。

    そして個人で言えば善性とも言える。
    正しいことであり、愛であり、やさしさであり、思いやりでもある。
    向上や発展であり、何かを作る力だったりみんなと仲良くすることだったり、人を助けることだったり、感謝することだったり、学んで知恵を身につけることだったり、仏さまがいるんだということだったり、書ききれない・・・

    これはみんなに「これって正しいよね」って聞けば「そうだね」って答えが返ってくること。
    人に迷惑をかけないことだったり、楽しいことだったり悲しいことだったり、辛い時辛抱することだったり、そして他の人のそういう気持ちをわかってあげることだったり…

    人間は様々な個性はあるけど仏性が宿っている。
    だから仏性の出方も個性がある。

    そして人間は私も含めてなかなか器用に生きられない。
    でも不器用に生きながら自分の仏性を大切にしようとしている。

    地域を越え、人種を越えてそれがわかれば人は争いをやめることができるのではないか。

    人はまた他の人を理解できず傷つけあってしまうこともある。
    でも心で感じることは同じことなのだ。
    争いをやめ、仏性等しきを喜びに変えたい。

  • 仏さまの時代、弥勒菩薩、マイトリーは男性だった。
    今でも男性だってたいがいの人は思っているはず。

    私は昔昔、教科書に載っている弥勒菩薩像をみたときに男性だと思わなかった。

    今、広隆寺の弥勒菩薩像をみて確かに男性のように思う。
    でも他にある弥勒菩薩像はなぜか女性?に見えるように思う。

    これには意味があるのだろうか。

  • 現代のコミュニティの要素である家族

    日本はなぜか家族であることが重荷に感じるようになってきている。

    家族だからねってことばをいうことがなかなか難しい。
    家族であることや家族が多いことがなぜか不利に感じられるようになっている。

    大事な価値観を失って表面上だけで様々なものが動かされ続けている。

    もっと大事なものがあるんじゃないのかな。

  • 現代のコミュニティ
    コミュニティケアは個人と地域社会と考えている。

    家族の存在が見えない。
    家族が社会がなんとかしてくれると思っていたら地域は頑張れない。
    家族ががんばっているから地域社会も頑張るのだ。

    何かがおかしい・・・
    家族を大切に思わなかったら家族も社会も形成できないのに。


  • 現代のコミュニティ、コミュニティケアと言っていい。

    現代のコミュニティケアの理論でいつも欠如していてもっとも大切な要素は家族だと思う。
    なぜ、ここを含まない理論が世の中で展開しているのか、私にはわからない。
    なぜなのか、意図的なのか、それとも偏っているのか。
    個人を捉え過ぎて、家族を捉えられない。

    個人から出発するものは個人に戻ってくる。
    個人を含む家族から出発するものは家族に戻ってくる。
    コミュニティケアには必要不可欠の要素として家族があるのだ。


  • 2009年10月20日から10月30日に投稿した[夫婦関係が難しかったら]の記事をまとめました。

    10/20夫婦関係が難しかったら①

    夫婦関係は犬も食わぬといってもあまり若い世代にはわからないのかもしれない

    先日ブログで夫婦関係も適当な距離をとることが大切と書いた

    若いと相手に求めすぎて、自分のもの、自分の思う通りにしてほしいって思いすぎるんだろうな

    だから離婚するのかな

    でも離婚すると気付くことがある

    たくさんの苦労の中、そんなに自分のものになるものってない

    そんなに自分の思う通りになるものってない

    若いから相手に求めすぎるんだろうな、若いから相手に求められすぎて苦しいんだろうな

    時間がすぎればなんとかなることもある

    時間が過ぎても不器用すぎてどうにもならないこともあるかな

    どちらにしても結果を出したら自分の責任で人生を力強く歩もう

    10/20夫婦関係が難しかったら①の2

    若い方の夫婦関係が求めすぎること、求められすぎることが原因で壊れるのではないか

    そうブログに書いたんだけど・・・

    じゃあどうすればいいの?って思う人がいたら失礼なので追加します

    感情でものを言わないでまず二人でよく話し合ってみる

    自分たちがどういうときに仲が悪くなるか、そのパターンにはまらないために何か方策を考えて二人で実行してみることかな

    難しかったら誰かに相談してみて

    自分だけで解決できないことも多いから

    10/20夫婦関係が難しかったら②

    若い人の夫婦関係についてもうひとつ

    子供ができてから離婚する人がいるけれど女性からみたら、子供が一人できたら夫も子供になったくらい世話がかかるって

    私がこんなに疲れているのにわかってくれない

    私がこんなに忙しいのにそれなのに自分のこともしてくれないって

    夫婦なのにすごく孤独で妻がひとりでなにもかも抱え込まなくてはならなくて夫は知らないふり

    離婚する決意する前に、感情的になり周りが何もかも悪くなる前に、話し合ってみよう

    夫にも少し猶予を与えて自分のことよく話をしてみて

    そして外に出て誰かに話をしてみて

    きっとあなたのことわかってくれる人いるから

    10/20夫婦関係が難しかったら②の2

    子供ができて離婚してしまう若い夫婦、妻のこと書いたけれど

    子供ができて妻は子供にかかりっきり、自分に見向きもしなくなった

    つまらない・・・

    子供もなんだかどうしていいか、わからなくてこわい・・・

    お父さん、がんばって

    妻はきれいにしていたくても化粧もする時間がない

    あなたにやさしい声をかける余裕もない

    ぎりぎり精一杯なんだから時々やさしい声かけてあげてね

    少し子供が大きくなったら大丈夫だから

    10/21夫婦関係が難しかったら③

    夫婦関係に話がいったのであといくつか

    自分にとって結婚相手はどんな人がいいのか?

    いろんなこと考えられるけど

    自分が尊敬できる人?

    価値観が同じ人?

    趣味が合う人?

    甘えられる人?

    逆に・・・

    なんだかほっとけないから?

    こいつは自分じゃないとダメだから?

    肝心なことはお互い安心していられるからっていうことかもしれない

    危険な感じがあるとどうしても長くなると疲れる

    結婚しようと思った時にその相手と自分が年をとっても一緒にいる

    イメージ描ける人と一緒になるといいって言った人がいたけど私はなんだかそれが好き

    年老いたその人がまた、いとおしくなる

    10/22夫婦関係が難しかったら④

    妻が失業した時妻が落ち込むのはこれは妻がよほど世の中で活躍している人

    普通、妻が失業しても夫が仕事をしていれば経済的に難しいといっても立ち直れる

    夫が失業したとき、このときしてはならないことがある

    もしこのとき妻が仕事をしていたら「私が仕事をしているから大丈夫よ」

    この一言が夫を夫でなくし、夫を男でなくする

    そして妻を否定しはじめる

    とても苦しみを生むことになる

    夫が失業したときにすることは妻の忍耐力を試されている時でもある

    そして夫が一家のためにどう頑張れるか

    これを大切に考えていけたらいい

    「私が仕事をしているから大丈夫よ」ではなく、「あなたが仕事をしてくれなきゃ困る」と言われ続けた夫は仕事が見つからなくて切なくても耐えて石にかじりついてでもなんとかしなきゃと思う

    10/24夫婦関係が難しかったら⑤

    妻が料理がうまいと夫は早く仕事から帰ってくるという

    でも私、料理ヘタだから・・・

    確かに料理がうまい妻がいる男性は外食なんか好まない

    妻の食事が世の中で一番自分に合っていて自分のために用意されているのだから

    さてなんにも自分にはとりえもないし愛嬌もない

    料理もヘタだから

    ただ一緒に暮らしているだけのようなこんな生活ちょっとちがうかなって思っている人いたら・・・

    最低1週間に1度は夫が大好きなもの、手作りしてうまいってほめてもらうまでガンバってみよう

    きっと何かが変わってくるから

    10/25夫婦関係が難しかったら⑥

    人は自分と同じものを求めたがる

    特に友人は「類は友を呼ぶ」、自分と同じものや共通点がある人が友人になりやすい

    まったく自分と違う構成があるならそれは強弱がついているかもしれない

    夫婦ケンカってなんでするの?

    機嫌が悪く、なんだか頭にきたから?

    自分がたいへんなのわかってくれないから?

    子供が思うようにならないから?

    気にさわるこというから?

    自分の思い通りにならないから?

    してほしくないことするから?

    してほしいことしてくれないから?

    夫婦って似た者夫婦っているけれどそういう人のほうが少ない

    夫婦関係をよくするには相手をわかろうとすることが大切かな

    そして大切なことは自分の価値観で相手の人、裁いて悪いところや足りないところばっかりみないでお互い自分にないところ認め合おうよ

    夫と妻と違う個性があっておぎないあってちょうどいい

    妻にないところが夫にあって、夫にないとこ妻にあってそれでちょうどいい、それでちょうど丸くなる

    10/27夫婦関係が難しかったら⑦

    世の中、タイミングの悪い人っている

    なぜか、タイミングが悪くてそんなに悪いことしてないのにいつも怒られてばっかり

    なぜかそんなタイミングしかやっぱり選べない

    夫婦関係がちょっと悪いとちょっと直せばまた元どおりになるのも夫婦

    でもちょっと悪いことがどんどん悪くなる、そんなタイミングがある

    夫が朝起きてから仕事にでかける前までに昨日、言い足りなかった不満をいう妻

    きのう帰りが遅くて言えなかったからと今日の夜でもいいのに朝からいやな話をする妻

    逆に夫っていうのは朝からあまり言わない

    朝からいやな話を聞いたり、怒られたりした夫は朝からもう家に帰ってきたくない気持ででかけて一日いい仕事もできない

    夕方になると憂鬱になる

    朝から愚痴をいうのは止めよう

    朝から怒ったりするのは止めよう

    夫にいい仕事してきてもらってそして家のことも自分のこともわかってもらうためにも

    10/28夫婦関係が難しかったら⑧

    本日あらためて思った

    若い夫婦がせめて子供が小学生になるまで離婚しないでそのまま辛抱できたらどんなにいいか

    誰がいいのか、特にお母さんと子供かな

    もちろんそのくらいまで頑張るとその後もなんだかんだ言いながら頑張ってしまうのかもしれない

    若い人の離婚の原因もたくさんある、それぞれの言い分もあるだろう

    女くせが悪い?男くせが悪い?

    今の世の中そんなこともたくさんあるのかもしれない

    お産していた間に浮気されたとか

    子供ができて離婚してしまう若い夫婦、少なくても妻から別れをいうのは止めよう

    離婚でも先に別れを言ってしまった妻の後悔は大きい

    離婚してからどれほどの試練が待っているか、安易に生きれたときを思い出しても帰ることはできない

    その後悔は離婚の苦しみよりはるかに大きい

    夫婦は他人なんだから楽しみもあり、そして辛抱もしてそして時間かけてその夫婦それぞれの夫婦関係を築いていくのだ

    どうしても許せないことがあったらそのどうしてもを乗り越えて一度は夫をあるいは妻を許してあげよう

    「次はしてほしくない」と頑張って言ってみよう

    もちろん、今の世の中、暴力で離婚なんてこともあると思う

    家柄のいいお家に嫁に行ってしまった妻が「私とお母さんとどっちを選ぶのよ」なんて言ってお母さんや家柄に負けてしまったなんて人もいる

    負ける前に「年取ったら私しかいないのよ」って説得してみるのも大切だと思う

    世の中にそんなに自分にふさわしい相手はいないばかりか

    気がつくとまた好きになってしまう相手は別れた相手にどこか似ている、性格が似ている

    そんな人を選んでしまうことが多いから

    離婚を考えるときどうしても自分の辛さばかりを見つめてしまう

    泥沼の中、周りが見えなくなってしまう、それを運命のせいにしても誰も幸せになれないのだから

    だから自分の精一杯からもう少し頑張って

    10/30夫婦関係が難しかったら⑨

    人間関係も夫婦関係もどちらもとても苦しい時、この苦しさから逃れたい

    そのとき自分の我を通そうとする人、そのとき自分を否定するする人

    自分のどこが間違っているのか?

    相手のほうが悪いのではないか?

    なぜこんな運命が自分にやってくるのだろう・・・

    離婚を考えているとき、そのことが自分の心の中でぐるぐるまわって答えが出ない

    苦しい・・・

    そのとき自分は悪くない、相手が悪い・・・

    そのとき自分ががまんすればいい・・・

    そのどちらも解決にはならない

    キリスト教で「天は自ら助くる者を助く」という言葉がある

    この言葉のとおりだがこれは自分のみが助かりたいという自分だけのことを考える人は助からないのだ

    まず苦しい時、自分を否定したり自分がいなければ自分が悪いから全てが悪くなっているんだ

    など考えている自虐的な人にこの言葉はすごく合っている

    そしてこの言葉どおり

    自分がこの苦しみから抜け出たいと思ったら自分も相手もよい方法を選びたい

    なんとかこの問題を解決したいと思うところに解決の道が開かれていく

    一歩前にでる努力、それが大切

    逆に人生を相手のせいや親のせいや周囲のせいにしたり、自分自身の人生に否定的でいる限り道は開かれていかない

    同じことを何度も何度もくりかしてどうせ自分はこんなもんなんだと捨てセリフ吐いてもだれも幸せにならない

    自分の人生は自分で責任を持とう

    人生には自分にとってどうしても突き当る問題がおきてくる

    この問題は解決しないと先に進めない

    幸せにはなれない

    10/30夫婦関係が難しかったら⑩

    人間関係や夫婦関係につまずいてなんだか話ができない・・・

    お互い無言の時間が流れる・・・

    息が詰まる・・・

    こんなときどうする?

    こんなとき、何日も考えてやっと声をかけてみようと決意する

    正面切って声をかけようとしてもなかなか勇気がいる

    こんなときは隣りから声をかけよう

    なんでもないように隣りから話かけてみよう

    2つ、3つ言葉を出していくと相手から振り向いてくれる

    そのときはずっとやさしい自分になれるようにがんばってみよう

    そのあとはやっぱりおいしい食事がしたいね

  • 仏教に「空」や「無我」という言葉がある。
    「空」の意味はどうなのかはまた後にするが「無我」は先日書いた四法印と関係がある。

    「諸行無常、諸法無我、涅槃寂静、光明荘厳」
    この「無我」は我が無いということだが仏さまの世界では我が無いと仏様が有りになる。
    そう考えていいのではないだろうか。

    我を滅していくと仏さまの世界が現れていく。
    仏さまを求め続けていくとまた仏さまの世界にたどりつく。

    キリスト教でも悟りはある。
    愛を与え続けると神仏の世界が現れてくる。

    森羅万象は全て仏さまの法則に基づいている。
    ここまでくると仏さまというよりこの大宇宙をつかさどる神仏と言ったほうがよいのだと思う。
    そしてこの法則は停滞を好まず、発展という要素が非常に大きいのだと思う。

  • 現代のコミュニティのイデアについて現代とつけたけれど私の考えているものはコミュニティケアとつけなくてはならないのかもしれない。
    これは「eternity」なものになると思う。

    イデアについてこのブログで書くのはきっともっと先のことになる。

    ただここでひとつ書いておくとするとその形成において人の力だけでできるのではないということがある。
    本来あるべき姿であろうものがことばでくくり形成しなくてはできなくなっているものとなっている。
    時代は混迷の中、また災害も多発していく。
    この中で本来人間が大切にしなくてはならない何か、その何かをつかみ取っていかなくてはならない。

    そこにコミュニティが形成されていくのだと思う。


  • 私にひとつの課題としてあるのは現代のコミュニティ

    日本の風土にあったコミュニティの価値観を見出す必要がある。
    それは世界へも発信されるものだと思う。

    このブログもいつかコミュニティの価値観まで達することができるのかな。
    いや、達成しようと考えています。

  • この宇宙にはいくつか大きな法則と「因果の理法」がある。
    善いことをすると善いことがめぐり、悪いことをすると悪いことがやがて巡ってくる。
    悪いことした人でも何事もなく生きているじゃない、そんなものはない、昔の言い伝えじゃないかと言われるかもしれない。

    しかし、今も昔も仏さまはおられるのです。
    ただそれは仏陀と縁のある人が仏縁として因果の理法がわかりやすい人生を送っているということかもしれない。
    自覚しようがしまいが仏道修行に入っている。
    もし、自分だけなぜこんな人生、どうしてって疑問が湧いてどうしようもなかったら
    一度仏教を学んでみたらいいのかもしれない。
    20年前の私がそうだった・・・

    因果の理法で「依他起生(えたきしょう」ということばがある。
    人はみな他のものに依って生きている存在。

    そして「重重無尽」ということばがある。
    過去仏さまの時代は人と人(物も)他に依って生きている、他によってその存在を表現することができると言われ、それぞれが縦と横の縄が結ばれているように大きな網がのようになっていると言われていた。
    それが「重重無尽」という考え方なんだけど

    現代はどうか
    現代は人と人との関係が稀薄になっている。
    しかし、本当はみんな心が求めている。
    さみしいって心の叫びが聞こえる。
    細く弱くなってきているこの大きな網の縄の名を「愛」という名に変えていく必要がある。