ひふみ神示についてXにポストしている中で私の小学校時代の弥勒菩薩の思い出と父についての思い出についてポストしたものをまとめました。日記です。

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8月28日

*日記です*

私には弥勒菩薩に纏わる思い出があります

父が旅行のお土産に買って来た夢殿のプラモデル、小学校中学年頃だと思います、それを組み立てて机に置いていました

いつしかその中に弥勒菩薩像があると長い間思い込んでいました、父は歴史には詳しい方だったので間違えて私に教えた訳ではないと思いますが私はそう思い込んでいました

そのうちに私は弥勒の像があるのは広隆寺と興福寺の北円堂であることに気が付くのですが、夢殿と同じ八角円堂である北円堂の弥勒菩薩像、藤原不比等が生前に弥勒浄土に往生を願っておられた為に造られたものだそうです

 

広隆寺弥勒菩薩像と中宮寺弥勒菩薩像

広隆寺の泣き弥勒

 

小学生中学年頃、父は私にピタゴラスの定理を教え、世の中には定理があるんだと話をしました

自宅に庭先に10坪程の白蓮の池がありました

小学校の頃、葉が開く頃になると毎日蓮の葉の香りを嗅ぎ、花の頃には毎日花の香りを嗅ぐことが日課でした、実がなる頃にはその実の成長をのぞき込んでいました 

父から蓮の花は何日か続けて咲くが最初に咲く朝方にポンと音がするのだと聞いていつか聞きたいと思いました

小学校5年の頃だと思います、図書館にある芥川龍之介の本に惹かれ、極楽にある蓮の池とくもの糸の世界観にしばらく浸っていました

蓮は私にとって大切な花です

HMの蓮みろくの名は既に[弥勒]とコーリングがあったことと、ひらがなの柔らかさが好きであったこと、そして子供の頃から好きだった蓮にちなんだものです

幸福の芽1 2010.4.24

http://mi77337733.blog76.fc2.com/blog-date-20100424.html

net上から写真をお借りしました

 

8月29日

父のことを書きたいと思います、私の家は裕福なとはとても言えない一般的な普通の家でした、家紋があるもののその言い伝えが僅かしかありませんでした 

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父の背中 

父の背中は努力の人でした、ガマン強い人でした 

多くを話す人ではありませんでしたが感謝を表し、優しい人でした 

人の悲しみに同調し悲しみました、よく人の話を聞き、何か役に立つことがあれば行っていました  

四季折々の自然の変化を楽しむ人でした、野の草を見て木々の変化を見て、山を見て、星を見ていました 

歴史が好きで大河ドラマを一緒に見ていました、そのドラマの歴史の分岐点では人の心の変化のところで頷いていました  

そんな父の背中です 

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私は大神様を深く知る様になってからも父を思い出す事が多くありました 

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ひふみ神示大奥山 弥勒の世 蓮みろく
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